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【レビュー】スコセッシの『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』3時間半、観るべきか?

Killers of the Flower Moon
画像提供 Apple

マーティン・スコセッシ監督とレオナルド・ディカプリオの新作映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の上映時間は3時間26分もある。3時間半の鑑賞の価値はあるか?ある人にとっては、ないだろう。誰もが気軽に楽しめる商業的な作品ではないからだ。

しかしある人にとっては、名監督、名脚本、名演技、美しい美術や風景に唸らされる、引き込まれるような傑作である。Apple TV+での独占配信に先駆けての劇場上映だが、自宅で鑑賞すればほとんどの人が途中で一時停止して離席したり、後日に持ち越したりすることだろうから、劇場で没入して観れるのであれば、絶対にそうした方がいい。

石油採掘によって世界で最も豊かな民族になったネイティブ・アメリカンのオセージ族と、その財産を狙って密かに部族に紛れ込み、強奪と殺人を繰り返す白人、およびその事実を闇に葬ってきたアメリカの恥部が克明に描かれる。

キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
画像提供 Apple

原作小説があるので、鑑賞前に読む時間があれば、少しでもそうすることをお勧めする。オセージの歴史や、数多い登場人物について、先に原作を読んでおけば理解しやすい。早川書房より文庫が出ており、全部で500ページ以上あるが、参考文献や後書きのページが多く、実際の本編は、豊富な挿入写真資料も含んで400ページほどである(いきなり遺体の写真が掲載されていてギョッとする箇所もあるのだが)。

デイヴィッド・グランによる原作の副題は「オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生」というもので、ここから察せられるように、事件の起こりと捜査、決着までが記された、ある種の実録犯罪もの/探偵ものだ。また、この事件はFBI誕生のきっかけにもなっており、それまで極めて主観的・属人的に行われていた事件捜査に、いかにして指紋識別などの科学的手法がもたらされたかも描かれている。ジャーナリスト出身のグランは鬼のような量のリサーチと取材で、この複雑奇怪な陰謀事件を鮮やかなほどに整理整頓し、オセージ族の人々の悲痛と、犯行に及んだ白人たちの強欲、捜査官たちの熱意を緻密に書き起こした。

興味深いことに、この題材そのものに、スコセッシが好みそうな題材があちこちに隠れている。栄枯盛衰だ。スコセッシの映画では、モラルを持ち合わせようとしない登場人物が、常軌を逸したやり方で頂点を極め、やがて哀れな形で落ちぶれる。今作の場合は、部族の“キング”として親しまれながら、実際には裏でいくつもの暗殺を教唆していたウィリアム・ヘイル(ロバート・デ・ニーロ)と、その甥で、オセージの富豪モリー(リリー・グラッドストーン)と婚約して夫婦生活を営みながら、ヘイルの指示に従ってモリーの家族殺害を手伝っていたアーネスト・バークハート(レオナルド・ディカプリオ)がそうだ。

キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
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あるいは、『沈黙 -サイレンス-』である。白人が極東の島国日本に意気揚々とやってきて、優れたキリスト教を布教し、人々を救おうとする。しかし、日本とは思想的に沼地なのであり、いくら苗を植えても腐ってしまうという絶望を描いたのが遠藤周作の小説で、スコセッシはこの精神を忠実に映像化した。要は西洋の進歩主義の誤りを痛感する物語であり、それは本作で描かれる白人のオセージ族支配にも共通している。白人はオセージ族を人種差別的な見方から“無能”と考えており、自分たちが財産を管理してやるべきだとして組織的な乗っ取りを画策した。

西洋人の自己矛盾は、興味深い形で製作裏話にも現れている。主演ディカプリオは当初、物語の中盤から後半にかけてやってくる正義の捜査官トム・ホワイトを演じることになっていた。しかし、それでは結局「FBI捜査官が窮地を救うという、またいつもの白人救世主の物語を描くというリスクを孕んで」いたと、ディカプリオは回想している。そこで本作では、原作が持っていた事件捜査ものの側面ではなく、ウィリアムとアーネストの血生臭い陰謀と栄枯盛衰に集中した。

キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
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そこでは、スコセッシが得意とするマフィア映画的アプローチが鈍く黒光りする。アーネストと妻モリーの結婚生活と、それを利用して金儲けを企む“叔父貴”ウィリアム。殺しを強要するこの叔父貴を演じるのはロバート・デ・ニーロだ。『キング・オブ・コメディ』、『グッドフェローズ』、『ケープ・フィアー』、『カジノ』、『アイリッシュマン』、これらで演じた経験が、ウィリアムの威圧的な権力者像の再現に役立っている。

キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
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ディカプリオがアーネスト役に変更されたのは大正解だ。アーネストはオセージ族の資産家モリーと恋愛結婚をするが、叔父ウィリアムの手引きによって妻モリーの姉妹の殺人を次々と実行する。哀れで、カッコ悪くて、おぞましいのだが、憎むことができない。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のリック・ダルトン役では人の情けなさと哀愁を演じたが、それをさらに深化させたような役で、非常に巧みだ。これまでも数々の映画でさまざまな訛りを体現したが、本作では独特の南部訛りを披露している。

もともとディカプリオが演じることになっていた捜査官トム・ホワイトはジェシー・プレモンスが演じた。捜査の手で狂人一族の恐ろしい陰謀を食い止める。1920年代のアメリカで悪を描く映画としては『パワー・オブ・ザ・ドッグ』同様に劇中で貴重な良心として、メインキャラクターの異様さを際立てることに成功している。

キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
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この物語は非常に壮大複雑なので、3時間半という長尺をもってしてもなお、全体像を描ききるには足りないように思われる。しかし『フォレスト・ガンプ/一期一会』や『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』などで優れた物語構成術を示しているエリック・ロスの脚本は、不足なく、また過剰もない。アメリカ闇の歴史の物語として、人種差別と陰謀の物語として、殺人事件と刑事捜査の物語として、有害な家父長制の物語として、人はどれだけ利己的で悪になれるのかといった物語として、歪な家族の物語として、プリズム的にまとめ上げられた。アーネストとモリーの出会い、陰謀殺人と揉み消しや不正の数々、正義による捜査とその後の荒れ模様といった一連の流れを丹念に追っていくうち、やがて「アーネストとモリーの間に愛はあったのか」という普遍的なテーマが、奇妙で曖昧な輪郭と共に、ジワリと浮かび上がってくる仕掛けになっている。そして、見事な終幕である。3時間半の充足感がその向こう側ある。

キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
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ちなみに3時間半の上映時間にインターミッション(途中休憩)はない。人間の集中力にはおそらく限界があって、筆者はほとんど夢中で鑑賞しながらも、さすがに途中でふと気が逸れる瞬間もあった。それから、お尻の痛みは無視できない。行き慣れた劇場や、座り慣れた座席があるのなら、そこを選ぶよう勧めたい。プレミア席を選択できるなら、今がその時だ。

画像提供 Apple

映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は2023年10月20日、世界同時劇場公開。

Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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