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【レビュー】『天使の入江』 ― ヌーヴェルバーグ作品と『007』に見る男女の“危険な関係”

『シェルブールの雨傘』(1964)、『ロシュフォールの恋人たち』(1967)をはじめ、数々の名作を生み出したヌーヴェルバーグを代表する映画監督ジャック・ドゥミ。人生の甘く華やかな瞬間もほろ苦い瞬間も、甘美的にみずみずしく描きだしたジャック・ドゥミ監督作品の中で、ひときわ“曖昧さ”が際立つ作品がある。それが今回ご紹介したい映画『天使の入江』だ。 

フランスの南東部の港町、ニースに位置する地中海に面した美しい湾、通称“天使の入江”。そこのカジノを舞台に、ギャンブルに没頭する2人の男女の恋を描いたこの物語。2人の関係にあるのは欲望か、愛情か、それとも……。

なぜ私たちはいつの時代もどこの国でも、この“曖昧”なカップルに魅せられてしまうのだろう。今回は『天使の入江』と、後世の様々な作品を絡めながらこの“男と女の危ういカンケイ”について考えていきたいと思う。 

『天使の入江』あらすじ

主人公はパリの銀行に勤めるハンサムな青年、ジャン。ある日彼は友人に連れられていったカジノで大勝ちし、大金を得る。しかしそれを知った父からジャンは縁を切られてしまう。ジャンはパリを離れ、“天使の入江”と呼ばれる海岸の近くに建つカジノに通いはじめる。そこで親しくなった美しいブロンドの女性、彼女の名前はジャッキー。2人はギャンブルのパートナーとなり勝ち続けるが、ある日大負けしてしまう。ジャッキーはかつてギャンブルのせいで、夫と息子を捨てた過去があったのだった。

ギャンブルをやめて新しい人生を歩もうとしても、結局カジノに足を運んでしまうジャッキー。彼女に思慕をつのらせるようになり、ついていくジャン。彼らはいったい、どこへ行き着こうとしているのか……。

作品で見事なファム・ファタールっぷりを披露しているのは『死刑台のエレベーター』(1957)『ニキータ』(1990)などに出演する名女優、ジャンヌ・モロー。ギャンブルにどっぷり浸かっているのにどこか憎めないその微笑み、内側からにじみ出る脆さと繊細さが印象的だ。 

 2人を繋ぐものとは、果たして

夫や息子を捨ててでも、ギャンブルにのめり込む女ジャッキー。「どうにかしなければならない」「賭け事にはまりすぎてはならない」と頭では理解しているものの、勝つことへの高揚感からギャンブルをやめられない男ジャン。ジャンはジャッキーに次第に“想い”を抱くようになり、各地のカジノを転々とする2人は宿もともにする。この2人をつなぐのは肉欲なのか、それとも互いに恋心を抱いているからだろうか。

筆者は幼いころ、かの名作『007』シリーズを観たときにも、ちょっとした不思議な感情に襲われたボンドガールたちはもともとジェームズ・ボンドの敵であったり正体のよく分からない“謎の女”であったりするのに、最終的にはボンドと“いい感じ”になるからだ。 もちろん、ジェームズ・ボンドと歴代ボンドガールたちの関係を単純にまとめてしまうことはできない。ボンドが心から愛した女性もいるわけであるし、ボンドガールたちがどこまでボンドを想っていたかも分からないのだ。

なぜここでいきなり英国諜報部を描いた『007』の話題を出したかというと、ジェームズ・ボンドとボンドガールの関係、そしてジャッキーとジャンの関係は少しばかり似ているのではないか、と思うからだ。

“謎の組織との戦い”にしても“ギャンブル”にしても、“先が読めない危険なこと”によって結ばれる男と女の関係。生まれは違えど、立場も違えど、同じ“危険なこと”に手を染めている。ただ『天使の入江』のジャンはボンドのようなプレイボーイではなく、どちらかというとジャッキーの方が“カジノ・ボーイ”をころころと変えそうな雰囲気なのだが……この2人の関係が最終的にどう着地するのか、それはぜひ作品を観て確かめて頂きたい。 

 映画に多いのは“◯◯カップル”?

カジノで大負けしたジャッキーとジャンは、各地のカジノを転々としながらギャンブルの旅を続ける。大儲けして車やら宝石やらを買って楽園気分を味わい、でもまたギャンブルによって金は減り……現実の世界からまさに“逃避行”をするわけだ。 

カルト的人気を誇るラブストーリーはどういうわけか“逃避行”を扱った映画が多いギャングと警察の両方に追われながら、バカップルを発揮して逃避行を続ける『トゥルー・ロマンス』(1993)のアラバマとクラレンス。運命的な出会いを果たし、殺人を繰り返しながらつきすすむ『ナチュラル・ボーン・キラーズ』(1994)のミッキーとマロニー。ウェス・アンダーソンの『ムーンライズ・キングダム』(2012)の主人公、12歳のサムとスージーも美しい海辺を目指して2人だけで逃避行に出る。どのカップルも皆、自分たちとは相容れない世界から逃避するために旅に出ているのだ。退屈な日常から、秩序にまみれた現世から。

いくら世界と自分たちカップルが噛み合わなかろうと、2人だけに冒険に出たくとも、そうそうこの世で“2人っきりの世界”に行くことは難しい。しかし「この世から追放を食らっても、隣には恋人がいる」なんてことはとびきりロマンチックだ。実際の世界ではできなくとも、映画の中のカップルはどこまでも逃げてくれる。“逃避行カップル”を扱った映画が人気なのは、私たちの秘められた欲求を実現化してくれているからなのかもしれない。 

恋や欲望、情といった言葉だけではくくることのできない男と女の“あやふやで危険なカンケイ”。英国諜報部のスパイもヌーヴェル・バーグの恋人たちも、カルト映画の主人公たちも、みな不思議で曖昧な“何か”に支配されているのかもしれない。

白黒映像だがはっきりと分かる、太陽の光に包まれたその美しい海辺の街。猛スピードで後退していく画面が印象的な、私たちを映画の世界へ引き込んでくれるオープニング。フランス映画もヌーヴェル・バーグにもあまり触れたことがない、という方にも『天使の入江』はおすすめしたい作品だ。
そしてこの『天使の入江』をふくむ、ヌーヴェルバーグ史に名を刻む5つの名作がこの7月下旬より劇場公開予定! ぜひスクリーンで、ジャッキーとジャンの逃避行の最後を見届けてみてはいかが?
 

 特集上映『ドゥミとヴァルダ、幸福についての5つの物語』
2017年7月22日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

 

Eyecatch Image: https://www.amazon.co.jp/天使の入江-ジャック-ドゥミ監督-DVD-HDマスター-ジャンヌ-モロー/dp/B01D4D7F66/

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Moeka Kotaki

フリーライター(1995生まれ/マグル)

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