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【インタビュー】『ラストナイト・イン・ソーホー』はエドガー・ライトの奇妙な夢体験から着想を得ていた ─ シンクロダンスシーンはいかにして実現したのか?

ラストナイト・イン・ソーホー
© 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004)『ベイビー・ドライバー』(2017)などのエドガー・ライト監督による待望の最新作、『ラストナイト・イン・ソーホー』がついに日本公開を迎えた。

舞台となるのは、イギリス・ロンドンの中心部にある、かつては歓楽街だったソーホー。ファッションデザイナーを夢見る少女、エロイーズ(トーマシン・マッケンジー)はソーホー地区の専門学校に入学するも、同級生たちとの寮生活に馴染めず、街の片隅で一人暮らしを始めることに。アパートで眠りにつくと、エロイーズは夢の中で、1960年代のソーホーにいた。そこで歌手を夢見る魅惑的な少女、サンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)と出会うと、身体も感覚も彼女とシンクロしていく。

夢の中の体験が現実にも影響を与え、充実した毎日を送れるようになったエロイーズは、タイムリープを繰り返すようになる。しかしある日、夢の中で、サンディが殺されるところを目撃してしまう。さらに現実では謎の亡霊が現れ、徐々に精神を蝕まれるエロイーズ。果たして、殺人鬼は一体誰なのか、そして亡霊の目的とは。

ヴェネツィア国際映画祭で初上映されるや世界中の批評家から絶賛されただけでなく、スティーヴン・キングやジェームズ・ガン監督をも唸らせた本作は、エドガー・ライトにとって明らかな新境地であり野心作だ。この度、THE RIVERのインタビューにライト監督が登場。かつてないジャンルに挑戦することになったきっかけは一体何だったのだろうか?

1960年代の音楽とロンドン、50作に及ぶ映画からの影響

ラストナイト・イン・ソーホー
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──これまでにエドガー・ライト監督が手がけた作品は、ユーモアにあふれたコメディとリズミカルなアクションが特徴的でしたが、『ラストナイト・イン・ソーホー』はサイコ・ホラーでした。これは監督にとって明らかな新境地となったわけですが、そのアイデアはどこから得られたのでしょうか?

ロンドンそのものに触れてきたことが影響として大きいでしょう。ロンドンに住んで27年になりますが、ソーホーでは生活と仕事で長いあいだ関わってきました。この地域は非常に魅力的で興味深く、時には不穏な雰囲気を醸し出しています。それを題材にした映画を作りたいと思ったのが大きなきっかけのひとつです。もうひとつの側面は、両親が聴いていたレコードコレクションにあります。それらを聴きながら育ったことから、1960年代の虜となりました。ロンドンのソーホーには、まさにその年代の遺産が色濃く残っているのです。

──ロンドンからの影響が大きいようですが、もともと地方出身である監督は、ロンドンには仕事で拠点を移されたと聞きました。それはエロイーズが地方から都会に出てくるという背景と繋がりがあるように思えたのですが、いかがでしょうか?

エロイーズはコーンウォール出身で、僕自身も最初はドーセットで、次にサマセットと、南西部で育ちました。ロンドン郊外から大都市に行くという経験があったわけですが、それは地方出身者にとって非常に敷居が高いことで、威圧的なものでした。18歳の少女ではもちろんありませんが、エロイーズの旅は僕にとっても意味することがたくさんありますよ。

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──ロマン・ポランスキー監督『反撥』(1965)など膨大な数の映画から影響を受けているという本作ですが、キャストやスタッフに事前に観るように伝えていたのでしょうか?

スタッフやキャストのために、1960年代の映画をまとめました。当時の様子を理解するためのものとして。ただ、絶対に観て置かなければならないようなものではありませんでした。50作品ほど存在していたのですが、そのなかにはフィクションだけでなくロンドンのドキュメンタリーなどがあって、俳優をはじめ衣装や美術部門などに、“その時代の映画を探しているのであれば、これらが興味深いので観てみてください”という感じでしたよ。

──全ての作品を観られた方はいましたか?

コスチューム・デザイナーのオディール・ディックス=ミローは全ての作品を観ていたと思います。その次に観ていたのがトーマシン・マッケンジーでした。1作品を除き全て観たみたいです(笑)。

とはいえ、『ラストナイト・イン・ソーホー』の前に何かを観る必要はありません。僕は自分の映画を紹介するときに、ほかの作品を引き合いに出すことがあるのですが、それには時々後悔しています。映画の前に宿題をこなさなければならないと思って欲しくないので。

──ニコラス・ローグ監督『赤い影』(1973)について過去に紹介していましたね。

『赤い影』を何回か取材で紹介してきましたが、正直なところ今となっては、『ラストナイト・イン・ソーホー』にその要素があるようには感じません。その話をしていなかったら、この映画を事前に観た人も、映画を観ながら思い浮かべた人もあまりいなかったかもしれませんね(笑)。

映画はそのまま楽しむことが出来るべきなんです。『ラストナイト・イン・ソーホー』が人生で初めて観る映画だったとしても、上手くいけば心をから楽しむことが出来て、“これは特別”と感じてもらえるはずですから。

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──『ラストナイト・イン・ソーホー』が初めて観た映画という方が実際にいたら、どう思いますか?

とにかく興奮すると思います。どれだけ喜ぶことか。終わったら彼らに会って、感想を聞きたいです。実際に起こり得るかもしれませんよね?

──間違いなくありえないことではないと思います。ほかの映画で想像したことはありませんか?

『ショーン・オブ・ザ・デッド』をテキサスで上映し、サイモン・ペッグと僕で質問会を行ってたことがあるのですが、8歳の子供が観客の中にいたんです。親に連れられて来ていたみたいですが、“もしも、『ショーン・オブ・ザ・デッド』があの子にとっての初めての映画だったら最高だ”と思いながら見ていましたよ。

奇妙な夢体験や幽霊

ラストナイト・イン・ソーホー
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──『ラストナイト・イン・ソーホー』のあるキャラクターが、「ツイン・ピークス」シリーズのローラ・パーマーから少し影響を受けているように感じたのですが、実際のところはいかがでしょうか?

デヴィッド・リンチのファンであることは間違いありません。「ツイン・ピークス」のオリジナルシリーズ(1990-1991)が放送されていたとき、僕は当時16歳とかでした。ローラ・パーマーではなくオードリー・ホーンのポスターを寝室の壁に飾っていました。シェリリン・フェンが写る白黒のもので、10代の間はそれをずっと壁に貼っていましたよ。

実のところ、最初の作品は一度も観返したことがありません。当時観たときは衝撃を受けましたけど、あえて再鑑賞しない作品があるんです。それは嫌いという意味ではなく、当時とは違って見えてしまうかもしれないので、観返すのが怖いという感じでしょうか。「ツイン・ピークス The Return」(2017)はもちろん観ましたけど。とはいえ、いつの日か最初の作品を見返すときが来るかもしれませんね。

先日、デヴィッド・リンチによる『デューン』(1984)を観返したんです。新しい映画版を観たばかりのことで、彼の映画版をあらめて観返してみたら、とても楽しめたので驚きましたよ(笑)。

──デヴィッド・リンチのファンということですが、『マルホランド・ドライブ』(2001)のベティとリタの関係性が、『ラストナイト・イン・ソーホー』のサンディとエロイーズと少しばかり似ているように感じました。

『マルホランド・ドライブ』は大好きな作品ですが、ふたりの登場人物の繋がりを描いた映画は他にもたくさんあります。『めまい』(1958)は少し違いますが……これは観ていない方のためにネタバレしないようにしましょう。ただ、ふたりの女性についての作品であることに違いはありません。イングマール・ベルイマンによる『ペルソナ』(1966)のようなふたりの女性や感情転移の物語です。ふたりの異なる人物が感情転移するという展開には興味深いものがありますから。

あとは、ルイス・ブニュエル監督の遺作となった『欲望のあいまいな対象』(1977)にも影響を受けました。芸術大学に通っていた頃に観たのですが、それ以降は一度も見たことがありません。この映画では、ひとりのキャラクターをふたりの女優が演じられていて、シーンが交互に切り替わっていくんです。その映画を観て感銘を受けました。だからフラッシュバックに入ると、主役の女優が別の人になるような映画があったらどうなるのか、と頭の中でずっと考えていたんです。

正直なところ映画とはまた別に、僕がよく見る夢が大きく関係しています。夢の中で自分ではない誰かの体の中に入って、その人生を実際に体験するみたいな。だから、1960年代の部分を描くときは、僕が眠っているときの脳の働きを再現しようとしたわけです。

ラストナイト・イン・ソーホー
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──夢の中でエロイーズがサンディとシンクロするというアイデアは、監督の実体験が影響しているわけですね。

エロイーズは夢の中では自分として姿を現します。別の視点から覗き見しているような存在というわけですが、それと同時に、サンディと入れ替わるような形で登場することがありますよね。それはつまり、サンディの身体の中に入り込んでいるような感覚を味わっているということなんですよ。

ただ、僕にとって最も興味深かったのは、夢が悪夢に変わる瞬間を捉えることでした。エロイーズはマーティ・マクフライやドクター・フーのようなタイム・トラベラーというわけではないので、決して未来を変えることはできません。つまり、エロイーズは精神的な繋がりなどを通して、他の人の記憶を夢の中で再現しているに過ぎないわけです。

とにかく、僕自身が体験した不思議な夢を映像化してみたかったのです。皆さんが同じような夢を見たことがあるかどうかはわかりませんが、僕は視点が切り替わる夢をよく見ています。鏡を見ると別の人になっていて、それがまるで自分自身であるかのような錯覚に陥るみたいなことですね。

──それでは幽霊に関してはいかがでしょうか。その存在を監督は信じていますか?

信じています。僕の母は幽霊を信じているだけでなく、幽霊を実際に見たことがあると言っていますから。子供の頃に住んでいた家は、1600年代のもので一部作られていて、残りの部分は現代的だったんです。僕の母は、その家の元住人ふたりの幽霊を見たことがあると話していました。11歳ぐらいのときに、“今朝、リビングで首を吊った女の人を見て、消えてと言ったらいなくなった”と母に言われたら、“なるほど”と思うでしょう。

僕は母のことを信じていますが、次の日に学校に行って、母が見たことを学校の友達に話すようなことはしませんでした。みんなが同じように幽霊を信じているわけではないので。ただ、それがエロイーズというキャラクターを作る上で重要な要素となりました。“私は信じるし、信じたい”みたいな。

シンクロダンスシーンの撮影裏話

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──本作では、『オールド・ボーイ』(2003)などパク・チャヌク監督と数々の作品で仕事を共にしてきた若き巨匠、チョン・ジョンフンが撮影監督として参加されていますが、彼を起用した理由や経緯を教えてください。

彼とは運命的な出会いを果たしました。もともとはビル・ポープがこれまで通り撮影監督を務める予定だったのですが、撮影が始まる2ヶ月ほど前に、ロンドンからロサンゼルスに移動しなければならなくなったみたいで、それで彼は本作から離脱することになってしまったのです。その結果、新たな撮影監督を探すことになったわけですが、ここまで撮影が間近に迫っていると、スケジュールが空いている方から決めるほかありませんでした。

ただ、その中にチョン・ジョンフンがいたのです。プロデューサーのニラ・パークと僕は興奮しました。『お嬢さん』(2016)で撮影監督を務めた方なので。そんな彼に撮影を担当してもらえたらと思い、脚本を読んでもらうことになりました。『ゾンビランド:ダブルタップ』(2019)の撮影だったと思うのですが、彼はそのときアトランタにいて、そこからロンドンに飛んできてくれたんです。時間が迫っていたので、急いで取り組まないといけなかったのですが、彼は撮影監督としてだけでなく、人としても素晴らしく、面白くて、温かくて、とにかく素敵な方でした。魔法のような経験でしたね。

──サンディとエロイーズが自然に入れ替わり続けながら、マット・スミスがふんしたジャックと華麗に踊る場面には度肝を抜かれました。一体、どうやって実現させたのでしょうか?

リハーサルを繰り返し行ったことが要でした。ダンススタジオでダンサーとカメラオペレーターとともにリハーサルを実際に撮影してみて、それが上手くいくのかを試していたんです。そんな中、アニャが別の映画の撮影を終えて、すぐに現場に駆けつけてくれました。彼女が最初に始めたのは、マットとトーマシン、カメラオペレーターのクリス・ベインとともにセットでダンスのリハーサルを行うことだったんです。

視覚効果を使った巧妙な演出もありましたが、大半はひとつの長回しの実写撮影でした。テイクは8回ぐらい重ねたと思います。10テイク以上やったかどうかは正直なところ覚えていません。とはいえ、ふたりの切り替えを実現させるには、カメラオペレーターがパーフェクトなタイミングで適切な場所にいなければなりませんでした。

脚本や絵コンテでは、アニャからトーマシンへのトランジションは1回のみとなっていたのですが、DNEGというVFX制作会社がある方法を提案してくれて、それがバックアップになっていました。振付師のジェン・ホワイトは、“それが上手く行かなければ、こういうやり方がある”とさらに方法を紹介してくれたんです。そこで一層のこと全部やることにしました。実際にやってみるまで何が上手くいくのかわからなかったので。とにかく様々な部門が一致団結したことで実現したシーンです。

ブルーレイやデジタル特典では、ふたつのリハーサルの様子を収めた映像や、アニャとトーマシン、そしてカメラオペレーターによる撮影を空撮で捉えた映像が見られると思います。舞台裏映像が好きな方にとってはたまらないものになっているでしょう。ちなみに何人もの監督が本作を観て、“説明してもらったものの、いまだにどうやってやっているのかよくわからない”といったメールをもらうことさえありましたよ(笑)。

ラストナイト・イン・ソーホー
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──憧れの監督に取材することが出来て夢のようでした。ありがとうございます。

ローラ・パーマーについて話してくれて嬉しかったです。僕はオードリー・ホーンのファンですけどね。ハハハハ!

『ラストナイト・イン・ソーホー』は公開中。

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Minami

THE RIVER編集部。「思わず誰かに話して足を運びたくなるような」「映像を見ているかのように読者が想像できるような」を基準に記事を執筆しています。映画のことばかり考えている“映画人間”です。どうぞ、宜しくお願い致します。

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