【レビュー】『ラビング 愛という名前のふたり』人権を巡る裁判映画ではなく、一組の男女の強い愛を描いた作品として
例えばあなたが今、付き合っている人と結婚する事が許されない法律の下で生きているとします。しかし、あなたと彼/彼女は心底愛し合っていて、結婚する事を決める。人目を気にして慎ましい生活を送っていたはずのあなたは、その法を破ってしまったがために逮捕されてしまうのです。
そんなあり得ない話……と笑ってしまうかもしれませんね。しかし、これは歴史上本当に起きた出来事なのです。実在したある夫婦に起きた、その一部始終を映画化した作品が『ラビング 愛という名前のふたり』です。
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【注意】
この記事には、映画『ラビング 愛という名前のふたり』に関するネタバレが含まれています。
突然の逮捕、罪状は「結婚」
舞台は1950年代後半のバージニア。白人と黒人の間に境界が残っていた当時、アメリカのいくつかの州では異人種間の結婚がまだ許されていませんでした。バージニア州もそのうちのひとつであったのです。
白人と黒人は、一緒に遊ぶことができても、結婚をする事は許されない。しかし白人のリチャードと、黒人のミルドレッドは、カップルとしてお互いに愛し合っていました。ある夜、ミルドレッドが子供を授かった事をリチャードに打ち明けるところから物話は始まります。

このカップルの周りでは、人種関係なく多くの友人がいつも楽しげにしていました。子供を身籠った事をきっかけの結婚も、彼らには祝福されるものと信じていたのです。ところが、二人はその考えが甘かった事を思い知らされました。恐らく誰かが警察に告げ口をしたのでしょう、夜中に家宅侵入してきた警察官に二人は逮捕され、黒人のミルドレッドは白人のリチャードより長く留置場に入れられてしまいます。
無事に釈放されるも、起訴されてしまった二人は、離婚、もしくは「直ちに(異人種間の結婚が禁止されている)キャロライン郡とバージニア州を立ち去り、25年間、前記の群及び州に一緒に又は同時に戻らない」という条件を呑むという選択を迫られます。お互いの生活や家族、友人などのすべてがバージニアにあった彼らにとって、その場所を25年間も離れる事は酷なこと。それでも離婚する意思がなかった二人は、仕方なくワシントンD.C.で暮らすことになります。
しかしミルドレッドが、当時アメリカ合衆国の司法長官であったロバート・F・ケネディ(JFKの実弟)に宛てて書いた一通の手紙が、彼らの、そして異人種間カップルの生活を変える事となったのです。
豊かなキャラクターと俳優陣
この映画の魅力は、なんといってもラビング夫妻そのものでしょう。
リチャードは口数こそ少ないですが、一人の女を愛し守り抜こうとする意志が強く、信頼する仲間も大事にするタイプ。日本でいえば、昭和期に多かった“背中で語るような男性”なのです。そしてミルドレッドも、亭主関白の夫をもつ妻のように、夫の背中を静かに追いかける女性でした。こうした夫婦像は、我々日本人にあまり馴染みのない「異人種間結婚の禁止」というテーマに共感させるポイントになっているのかもしれません。

もっとも日本において、異人種・異国籍間の結婚は、1873年から今日に至るまで承認されつづけてきました。しかし勿論、国際結婚を良しと考えない時代もあったようです。現に筆者の父親はベルギー人で、22年ほど前に来日しましたが、当時は電車で席に座ると、周りの人が立って彼を避けた事もあったといいます。
いつの時代、どの国にもある、この根深い問題に対して、生涯をかけて慎ましく静かに闘った一組のカップルの姿は、だからこそ多くの人々に感動と勇気、希望を与えるのではないでしょうか。
アカデミー主演女優賞にノミネートされたヒロイン
今作のヒロイン、ミルドレッドを演じたのは、大きな美しい瞳が印象的な女優ルース・ネッガ。マーベル・シネマティック・ユニバース作品である海外ドラマ『エージェント・オブ・シールド』でレイナ役を演じた事でも知られています。

ルースはミルドレッドを演じるにあたり、約2年間もの月日を役作りに費やしたようです。ジェフ・ニコルズ監督は、そんな彼女について次のように述べています。
「ルースが演技を始めると、並外れてすばらしかった。僕たちがドキュメンタリーの映像で知った、ミルドレッドの全てを表現することができていた。模倣なんかでは決してなかった。彼女こそミルドレッドだと直感したね」
その好演ぶりは、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたほど。受賞こそ『ラ・ラ・ランド』のエマ・ストーンに譲ったものの、今後ルース・ネッガの人気は間違いなく上昇するでしょう。ちなみにルースと主演のジョエル・エドガートンは、実際のラビング夫妻をとても忠実に再現しているのです!

ほかの誰しもが、ジョエル・エドガートンほどリチャードに、ルース・ネッガほどミルドレッドに近い形でこの役柄を演じる事はできなかったでしょう。まさに最高のキャスティングではないでしょうか。
ラビング夫妻を救った二人の弁護士
劇中で、ミルドレッドからの手紙を受け取ったロバート・ケネディは、この件をACLU(アメリカ自由人権協会)に託します。担当になったのは、それまでまともに裁判をした事のなかった弁護士バーナード・コーエン。唯一のコメディ・リリーフというべき存在で、シリアスなストーリーでもたびたび我々の笑いを誘い、和ませてくれます。頼りがいがなさそう、けれど誰よりもラビング夫妻を、そして愛と正義を信じる姿勢にグッとくるんです。
そんなバーナード役を演じたのは、コメディアンとしても知られる俳優ニック・クロール。最近では『ソーセージ・パーティ』で声優を務めていました。どこかファニーな要素がある彼は、その役柄にとてもフィットしています。

そしてもう一人、バーナードとともに裁判所でラビング夫妻のケースを担当したのは、公民権を専門に扱う弁護士フィリップ・ハーシュコプ。どちらかというとしっかり者なので、バーナードとフィリップはまさに“でこぼこコンビ”ですね。

前例のない裁判に立ち向かっただけでなく、なんと夫妻の弁護を無償で引き受けたという事実が、この二人の魅力を際立たせます。
実話の再現に全力を注いだ作品
本作の監督・脚本を担当したのは、『MUD マッド』のジェフ・ニコルズ。『英国王のスピーチ』や『キングスマン』『ブリジット・ジョーンズの日記』で知られるコリン・ファースもプロデューサーとして参加しています。監督やプロデューサー、そして俳優陣まで、すべての作り手が、本作では実話を限りなく再現する事にこだわっていました。彼らはラビング夫妻の実娘であるペギーの監修のもと、本作を製作していたのです。
映画のエンディングでも紹介されますが、ラビング夫妻は現在存命ではなく、現在生存している唯一の家族がペギーなのです。彼女に顧問として参加してもらうにあたり、監督は担当弁護士の「夫妻がケンカするところを見たことがない」という証言をはじめ、夫妻についてのあらゆる事実を確認していました。実際、ペギーによれば両親のケンカを見た事は一度たりともなかったようです。

ルース・ネッガはペギーの母親を演じるにあたり、撮影の1ヶ月前にバージニア入りし、ペギーを訪ねたそうです。その時の事を、ルースはこう話しています。
「私が彼女に一番伝えたかったことは、私たちはただ、このストーリーをできるだけ正しく伝えて、彼女のご両親の思い出に経緯を表したいということ。彼女は確かにそれを受け止めてくれて、評価してくれたわ」
裁判ではなく愛を描いた映画として
この映画の本質は、決して裁判をベースに、黒人が迫害された後にその人権を勝ち取ろうとする映画ではありません。もちろん、それも事実なのですが、本作で描かれているのは裁判の様子ではなく、あくまで二人の純粋な愛なのです。劇中で裁判のシーンがあまり登場しないことも、そのことを物語っているでしょう。夫妻の物語の結末には、思わず涙してしまうはず。

異人種間結婚を禁止する法を違憲として、勝利をおさめた夫婦でしたが、それから約8年後、夫リチャードは飲酒運転の車にはねられて亡くなってしまいます。車に同乗していたミルドレッドは、一命をとりとめたものの右目を失明。その後再婚することなく、リチャードと子供たちを生涯愛しながら、2008年に肺炎でこの世を去っています。何故彼らが、そんな目に遭わなければならなかったのか……。
それでも最高裁で勝訴した6月12日は、現在も異人種間の結婚が合法化された日として、夫妻の名に因んで「Loving day」という記念日になっています。
周りの人間や環境、周囲の価値観によって、愛する人を簡単に諦めたり、失ったりしてはいけないという事を教えてくれる『ラビング 愛という名前のふたり』。全編を通して非常に静かな映画ですが、“愛”という名前の二人が、生涯を以て貫き通した“愛”に触れてみてはいかがでしょうか。
Sources: http://gaga.ne.jp/loving/
http://getnews.jp/archives/193355
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E7%B5%90%E5%A9%9A
Eyecatch Image: http://wherethelongtailends.com/2016-milwaukee-film-festival-day-eleven-loving/
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