『ボディビルダー』監督「僕はまだ、この映画を見返すことができていない」【インタビュー】

ジョナサン・メジャース主演、極限のトレーニングに自らを追い込んでいく男の夢と狂気を描いた映画『ボディビルダー』が、2025年12月19日(金)より全国順次公開中だ。
アメリカの片田舎で、祖父を介護しながら暮らす青年キリアン・マドックス。低収入で友人も恋人もおらず孤独な毎日を送っているが、彼には揺るぎない夢があった。一流ボディビルダーになり、鍛え上げた肉体で雑誌の表紙を飾ることだ。過酷なトレーニングと食事制限に打ち込むキリアンだったが、身体は悲鳴をあげ、社会の不条理が精神を蝕んでいく。
監督・脚本は、ティモシー・シャラメ主演『HOT SUMMER NIGHTS/ホット・サマー・ナイツ』(2018)のイライジャ・バイナム。「自分が本当に撮りたいものがわかった」と語る本作で絶賛を集め、確固たる地位を築きあげた。
「正直なところ、僕はまだこの映画を見返すことができていません」。そう率直に語るバイナム監督が、ジョナサン・メジャースのキャスティングや役づくりの共同作業、そして“男性性”の描き方などをじっくりと教えてくれた。

『ボディビルダー』イライジャ・バイナム監督インタビュー
──『ボディビルダー』の企画が動き出したきっかけを教えてください。
きっかけは、ジムでひとりのボディビルダーを見かけたことでした。彼が驚くほど集中している姿は、圧倒的であり、また恐ろしくもありました。そして、彼の強烈な存在感に居心地の悪さを感じ、周囲の人たちが自然と距離を取っていくことに気付いたんです。彼は恐れられ、同時に無視されていた。
その頃から、キリアン・マドックスという人物について考え始めるようになりました。キャラクターの造形については、これまでに出会ってきた、キリアンと同じような性質を持つ人々から影響を受けています。
──キリアン役にジョナサン・メジャースを起用した経緯はどのようなものでしたか。どのような役づくりを要求しましたか?
プロセスはとてもシンプルでした。脚本を送ったところ、彼はすぐに読んでくれて、ミーティングを始めて数分後には「この役をやりたい」と言ってくれたんです。すでに役柄についてのアイデアがあり、とてもやる気のある様子でした。だから、私から準備をお願いする必要はなかったんです。彼は、この役で何をしたいのか、それにどれほどの労力が必要なのかを最初から理解していました。

──撮影現場において、メジャースとはキリアンという人物をどのように作り上げていきましたか。
撮影に入るまでの1年以上、私たちはこの役柄について何度も話し合ってきました。ただし、あえてすべてを決め切らず、少しの謎を残すよう心がけました。現場で互いを驚かせ、その瞬間に反応できるようにするためです。
私が掘り下げたいと思った要素があれば、彼はいつも柔軟に応じてくれましたし、その逆もありました。撮影のなかで彼が即興的にやりたいことがあれば、実際に試してみて、その先に何があるかを探りました。深い信頼関係があったからこそ成立したプロセスだと思います。
──なぜキリアンは一流のボディビルダーを目指す設定だったのでしょうか?
ボディビルディングは、そのほかのスポーツや訓練──たとえば演技のような──とは決定的に異なります。自分の鍛錬が、身体そのものとして可視化される。自分が達成したことを文字通り身にまとうのです。常人にはなかなか持ち得ない、病的なまでの献身が必要で、しかも痛みと過酷な自己鍛錬を伴う、とても孤独な道です。
日々、何年にもわたって自分自身と向き合い続ける内的な闘いは、どこか精神的、宗教的な旅のようでもあります。しかし同時に、そこには強迫的に“何か”を追求する人すべてに通じる普遍性もあると思うのです。たとえ、それが大きな代償を伴うとしても。

──本作で描いている男性性、「強くあらねばならない」という思いと、「ありのままの自分を認められたい」という願いの矛盾は非常に切実だと思います。この心理を精密に掘り下げるため、どのようなアプローチを試みましたか。
私は、相反する2つの力に引き裂かれた人物を書きたかったのです。内面はもろく傷ついているのに、それを下手くそながらに隠すため、“筋肉”という鎧を身にまとう男を。これは多くの男性に共感してもらえる感覚だと思います。こうした要素は脚本の段階で書き込まれていましたが、そこにジョナサン自身のアイデアが加わりました。
最終的な目標は、誠実さと尊厳をもってキャラクターを描くこと。欠点から目を背けることも、美化することもしない──ふたりで協力しながら、これがリアルだと思えるところまで調整を重ねました。
──ジェシー役のヘイリー・ベネット、セックスワーカー役のテイラー・ペイジも印象的でした。それぞれのキャスティングの理由についてお聞かせください。
彼女たちに共通する課題は、登場した瞬間に、キリアンにも観客にも強い印象を残す必要があったことです。彼女たちを信じ、心を動かされなければならない。そのためには、強い磁力を持った俳優が不可欠でした。ヘイリーとテイラーは、それぞれがとてもユニークな資質の持ち主で、その条件を完璧に満たしていました。

──実際のボディビルダーであるマイク・オハーンを起用したのはなぜですか?
マイク・オハーンはボディビル界のレジェンドです。そして幸運なことに、とても優れた役者でもあります。決して簡単な役柄ではないので、彼が私たちを信頼して引き受けてくれたことに感謝しています。話し合いは極力シンプルにし、過剰に考えすぎないようにしました。彼は、自分に求められているものを直感的に理解し、見事に演じきってくれました。
──マーティン・スコセッシ映画を思わせる作風や、現実味ある撮影にも興味を持ちました。トーンやルックの面で影響を受けた作品を教えてください。
映画を作る人間ならば、誰でも少なからずマーティン・スコセッシの影響を受けていると思います。ただし、この映画では彼の作品を直接引用することは避けました。むしろ影響を受けたのは、雑誌の表紙のように艶やかで、インクが染み込んだような濃密なルックです。色彩は「痣(あざ)の色」をイメージしました。
私はロビー・ミューラー[※1]や、ゴードン・ウィリス[※2]の大ファンなので、彼らの仕事を多く参照しましたし、ビル・ヘンソン(写真家)の作品も重要な資料になりました。撮影監督のアダム・アーカポーとは、キアロスクーロ(明暗対比)の絵画も共有しました。
[※1:ロビー・ミューラー/撮影監督。主な代表作に、ヴィム・ヴェンダース『パリ、テキサス』(1984)やジム・ジャームッシュ『ダウン・バイ・ロー』(1986)、ラース・フォン・トリアー『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)など]
[※2:ゴードン・ウィリス/撮影監督。主な代表作に、『ゴッドファーザー』3部作や『パララックス・ビュー』(1974)『アニー・ホール』(1977)など]

──本作がようやく公開されたことについて、現在の率直な心境をお聞かせください。
多くの才能ある人たちが、この映画のため一生懸命に働いてくれました。報酬が大きい作品ではありませんが、その仕事を皆さんに観ていただけることを嬉しく思います。この映画を観て、深く心を揺さぶられたという声を直接いただくこともあり、それは物語を語ろうとする映画監督にとっては最大の喜びです。
私たちは、費やしてきた時間や労力、精神的負担が価値あるものであることを願っていて──実際に「感動した」という声を聞かせてもらえると、やはり価値はあったのだと確信できるのです。
──映画の完成から劇場公開まで、誰も予想しない形で長い時間を要しました。この間に、作品に対する考えや印象は変化しましたか?
正直なところ、僕はまだこの映画を見返すことができていません。いつか、また観ることができる日が来ればいいなと思っています。

映画『ボディビルダー』は2025年12月19日(金)より全国順次公開中。
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