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『MCU 比類なき映画スタジオの驚異的〔マーベル〕な逆転物語』5000文字ためし読み ─ マーベルの集大成まとめたベストセラー書籍

(このページの掲載文は、『MCU 比類なき映画スタジオの驚異的〔マーベル〕な逆転物語』本編試し読みテキストです。発売元の株式会社フィルムアート社よりTHE RIVERへ特別に提供されたものですので、転載などはお控えください。)


 何度改稿されても、対サノス軍の戦いは必ずトニー・スタークの自己犠牲によって終結した。インフィニティ・ストーンを自らの手に装着して、指をパッチンと鳴らし、自らの命と引き換えにサノスとその軍勢を追い払う。しかしどの稿でも、トニーは無言で勝利した。アンソニー・ルッソが回想する。「編集中に皆が言い出したんです。「何か言わせないと。死んでも気の利いた一言を吐くような男だろう?」。でも何百万とおりの言い回しを試しましたが、これというのが出なかった。一方でサノスが「私は絶対なのだ」と言っている。4作品の編集をしてくれたジェフ・フォードはストーリーテリングの名手なんですが、彼が「ぐるっと一周回って「私はアイアンマンだ」と言わせたらどうだろう」と提案したんです」

「マンダロリアン シーズン3」「アソーカ」解説

 ダウニーが最後にもう一度「私はアイアンマンだ」と言う場面を含む『エンドゲーム』の追加撮影を控えた数週間前、彼はジョー・ルッソと夕食をともにした。そのときジョー・ルッソは、ダウニーがトニー・スタークの最後を演じ直すことに乗り気ではないことを知った。「彼〔ダウニー〕は「何ていうかさ、あの感情の状態にもう一度入りたくないんだよ。あれは本当に……きついんだ」と言うんですね。でき過ぎた話なんですが、そのときその場にプロデューサーのジョエル・シルバー〔『マトリックス』、『リーサル・ウェポン』など〕がたまたま居合わせたんです。ジョエルとロバートは旧知の仲でした。ジョエルが会話に割り込んできて「何を言ってるんだ、ロバート。これほどよくできた台詞は聞いたこともないぞ。この最高の台詞を言わないでどうするんだ? これはやって当然だろう!」と言ってくれたんです。ジョエル・シルバーが夕食の席にいてくれたおかげで、あの台詞を言うようにロバートを無事説得できました」

 そして、その場面の撮影が行われた。トニーの最後の一言。それは追加撮影の最後の撮影でもあった。撮影が行われたサウンドステージに隣接していたのは、10年前にダウニーがトニー・スターク役のオーディションを受けたスタジオだった。ダウニーが、自転車に飛び乗ってブレーキをかけずに坂を全速力で降りていくような気分で臨んだあのオーディション。あの日からどれだけ遠くにきたことか。ケヴィン・ファイギは撮影を見ながら、自分とダウニーの人生を感慨深く振り返った。

 MCUの旗艦ともいうべきキャラクターの死に伴って、映画史に残るような巨大なスケジュール問題が発生した。そう、トニー・スタークの葬式の場面だ。ちょっとした噂や無責任なつぶやきがネットで取り上げられて見出しになってしまうことに懲りたマーベル・スタジオは、過去10年の間に極めて厳格に秘密保持を徹底するようになっていた。しかし、スタジオが最も用心すべき人たちは、不幸にもマーベル映画のキャストの中にいた。とくにトム・ホランドとマーク・ラファロには、口を滑らせてプロットの捻りを暴露したり、試写中に動画を投稿する悪癖があった(マーベル・スタジオは、トム・ホランドとベネディクト・カンバーバッチが同時にインタビューを受けるように計らった。若いホランドがうっかりネタをばらさないように、カンバーバッチが子守り役を任されたというわけだ)。そういう経緯を考慮して、スタークの葬式は、内部メモやコメント、日程管理文書にいたるまで、「結婚式」と呼ばれることが徹底された。

 この静かな場面は、およそMCUの歴史を飾った主要なヒーローで出ていない者はないという豪華なものだった。いつものようにロケット・ラクーンは膝をついたショーン・ガンによって演じられた。その影響力を見せつけるかのように、マーベルはオスカー受賞者を2名(ウィリアム・ハートとマリサ・トメイ)、そしてオスカー候補者を3名(アンジェラ・バセット、サミュエル・L・ジャクソン、ミシェル・ファイファー)を、この2分間の台詞のない移動撮影のために呼びよせた(2022年3月に亡くなったウィリアム・ハートにとってこれは最後のMCU映画出演になった)。ジョー・ルッソがこう指摘した。「冗談で言っていたんですが、冗談じゃないかもしれませんね。これは映画史で最も金のかかったショットかもしれないって。あの映像のためにすごい出演料ですよ。少なくとも、最も金のかかったエキストラ撮影になったんじゃないですか、『クレオパトラ』(1963)を除いて」

 ジョージア州には8000エイカー〔約32平方キロ〕におよぶ広大なバウカート農場がある。ルッソ兄弟はその敷地内にあるキャビンを、トニー・スタークの湖畔の別荘の撮影地として選んだ。ロケ地は空港から車で30分という近さだったので、この場面以外『エンドゲーム』に出演していない俳優たちの出番を手際よく回転させることができた。俳優にとっても都合よく、「結婚式」の場面の情報漏洩を防ぐためにも都合がよかった(同じ週にマーベル・スタジオは10周年記念集合写真を撮影し、俳優がアトランタに集合する別の理由を設けて衆目を逸らした)。ジョー・ルッソが回想する。「集まった俳優たちに黒い礼服を着せたとき「なんか変な結婚式だね」と言われたので「本当は葬式だからね」と答えました」

 「あれだけの人数の俳優を同じ日の同じ時間に招集したプロデューサーの仕事は、アカデミー賞ものだと思います」と、キャスティング監督のサラ・ヘイリー・フィンが言う。自身もその場に居合わせたフィンは、自分が上げた成果を目の当たりにした。手にかけた22本の映画と35人の俳優たち。中にはMCU参加以前から売れていた者もいるが、なにしろほぼ全員が世界的なスターになったのだ。

集まった俳優たちは、誰でも知ってるような顔ばかりではなかった。その中には『アイアンマン3』でスタークの相棒少年ハーレー・キーナーを演じたタイ・シンプキンスもいた。すっかり背も伸びてティーンになっていたシンプキンスは、野球の練習に行く途中、ルイス・デスポジートの電話を受けた。『インフィニティ・ウォー』と『エンドゲーム』の筋立てを急いで説明しながらデスポジートは、隠し立てもせずにトニーの死について話した。こうしてシンプキンスは、MCUの大スターたちよりはるか以前に、この重大な秘密を知ることになった。「シリーズ最大の秘密を僕に話しても大丈夫だと思ってくれたんだと考えると、信じられない気持ちです」とシンプキンスは言う。「トニーはその後もハーレーの成り行きを見守っていたはずなので、ハーレーも参列すべきだと皆が思ったそうです」

ポール・ベタニー演じるJ.A.R.V.I.S.が『エイジ・オブ・ウルトロン』でヴィジョンの人格に統合されて以来、トニー・スタークのデジタル助手F.R.I.D.A.Y.の声として出演していたケリー・コンドンは、ダウニーのMCU離脱を思わぬ経緯で知ることになった。『エンドゲーム』で声の収録中、録音ブースの外から指示された次の台詞にコンドンは驚いた。それは「生命危機状態」だった。コンドンは文脈を問いただした。生命の危機に瀕していたとしても、トニーは助かるんだよね? でしょ?「私を見る皆の顔は無表情でした」とコンドンは回想する。コンドンは次のように演出された。「人生で一番悲しいことを言う気持ちで、この台詞を言ってみて」。台詞を言いながらコンドンは考えていた「楽に稼げる仕事が、これで終わりだ……」。あの声にこめられた悲しみは、本物だったのである。

 最後の決戦に参加したMCUのスターたちは、葬式の場面以外にも2回におよぶ撮影に参加していた。撮影は2018年の1月に始まったのだが、ルッソ兄弟が『インフィニティ・ウォー』のポストプロダクションに集中できるようにと一度中断された。再開したのは2018年の9月で、撮影は2か月かけて行われた。「正直に言います。どの映画の撮影よりもしんどかったです22」とジョー・ルッソが言う。プリビズ版の最終決戦は2年をかけて開発され、完成していた。つまり、俳優たちはアトランタのセットにしつらえられた必要最低限のグリーンバックの背景の前で、ばらばらに撮影されたのだった。

最終決戦はサノスに破壊されたアベンジャーズ本部跡で行われるので、ショットによっては瓦礫や木の切り株などが配置された。しかしこれらの大道具のほとんどは、最終的には使われなかった。「粗編集でプリビズ素材とつないでみたときに、こちらが考えていたよりも切り株が目立ちすぎたんですね23」と言うのは、『エンドゲーム』でデジタル視覚効果を監修したウェタ・デジタルのマット・エイトケンだ。「爆撃を受けて焦土と化したアベンジャーズ本部というより、爆撃で焦土と化した森で戦ってるみたいに見えてしまったんです。結局、撮影したキャラクターを全員ロトで抜いて、背景を100パーセントCGIの爆撃のクレーターに置き換える羽目になりました(「ロトで抜く」とはロトスコープというアニメーションの技術を応用して、この場合撮影された被写体の輪郭を切り取って別の背景にはめる作業)」

決戦の最中に世界中とつながったポータルが開き、蘇ったマーベルのヒーローたちが戦闘に加わり大乱戦となる。ルッソ兄弟は、ポータルの開き方を何種類か試してみた。一度に全部のポータルが開いて何十というキャラクターが吐き出されるというのも試してみたが、ルッソ兄弟は考え直し、視覚的にも感情的にも段々盛り上がり極まっていくような演出にした。マクフィーリーは言う。「最初に試したのは、もっと速いペースでした。力強いし、私は観て興奮するようなものだったと思います。「やばい、皆戻って来た!」という感じで、音楽も早いタイミングで最高潮になり、皆素早く動く。私はとても気に入りましたけど、それを撮り直したジョーとアンソニーは正しかった。速いバージョンには、各ヒーローが際立つ瞬間がなかったからです」

すべてのキャラクターに輝かしい瞬間を与えようと制作陣は試行錯誤した。しかしそのせいでカットされたシークエンスもいくつかあった。たとえばブラックパンサーとエボニー・マウの一騎打ちや、うっかり大好きな『人気家族パートリッジ』のテーマ曲〔「Come On Get Happy」〕を流してサノス軍に気づかれてしまうアントマンなどだ。20分を超える壮大なこの決戦場面を、編集で切るのは容易ではなかった。しかし編集を進めるうちに、重要度の高い要素が絞られていった。「パンサーと、ドクター・ストレンジと、スター・ロード。この3人は物語の要請があるので」と編集のジェフリー・フォードが言う。心が通い合う瞬間、たとえば、別の時系列から現れたガモーラを見つけて、彼女が生き返ったと思うピーター・クイル。そして、終わらせる方法は1つしかないと目と目で了解しあうトニー・スタークとドクター・ストレンジ。どちらも、なくてはならない物語の大事な要素だ。「スカーレット・ウィッチは、あんな酷いことをしたサノスと対決しなければならないわけです。元々スカーレット・ウィッチとサノスの対決はもっと長かったのですが、同じことを繰り返している感じになってしまったので、場面が伝える感情を優先しました」

再撮影のおかげで、ルッソ兄弟は場面が伝える感情を増幅することができた。撮り直された重要な場面の1つに、『インフィニティ・ウォー』でトニー・スタークに抱きかかえられて死んだピーター・パーカーが、スタークと戦場で再会する場面があった。元々はペッパー・ポッツもそこで再会を果たすことになっていたのだが、『インフィニティ・ウォー』のトム・ホランドの演技に対する観客の反応を見て、短い場面でも2人が再会するカタルシスを与えなければと再考されたのだ。「あの場面のことを考えただけで泣けます26」とフィンは言う。「なぜかと言うと、まずこの2人のキャラクターのことを思って泣けますし、それから個人的に、私が配役したこの2人が何年もかけてこのキャラクターになっていった足取りを思うと、胸が潰れそうになるんです」。スーパーヒーロー軍の登場の仕方には、それぞれのキャラクターの過去へのさり気ない配慮があった。サム・ウィルソンは出現する前に「左から失礼」と言うが、これは『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』のジョギングの場面で、彼を何度も抜いていくスティーブ・ロジャースの台詞のリフレインだ。ペッパーが装着したアイアンマン・スーツの青は、ウォルト・ディズニー・コンサートホールの屋上でトニー・スタークとキスしそうでしなかったあの晩に彼女が着ていたあのドレスの色彩だ。

一度アベンジャーズたちがアッ……もとい、全員集合すると、コミックス・ファンたちが待ちに待っていたあの6音節「アベンジャーズ、アッセンブル」を、キャプテン・アメリカがついに発する(クリス・エヴァンズは、「ハルク、ぶっ潰せ」のときと同じでこの台詞も大袈裟に声を張り上げなかった。叫ばなくても十分に力強い台詞だと彼は理解していたのだ)。「あれは、ケヴィンにとって最高の瞬間だったと思います。ついにあの2単語を彼に言わせられたんです27」とトランが言う。俳優たちがグリーンバックの前に立ち、キャプテン・アメリカがソーのハンマーを手にその台詞を口にした瞬間を、トランは鮮烈に覚えている。一瞬の間を置いて、全員が全速力で走り出す。「本当に起きてる! 本当にやったんだ!」とトランは感じた。マーベル映画史上で最も数の多い制作スタッフに囲まれて、俳優たちは我先に大乱闘に身を投じていった。


『MCU 比類なき映画スタジオの驚異的〔マーベル〕な逆転物語』は発売中。3,000円(外税)。

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THE RIVER編集部THE RIVER

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