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『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』は「苦悩するヒーロー」の映画か? 流行を振り切った疾走感の理由とは

ミッション:インポッシブル/フォールアウト
© 2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

デメリット1、圧倒的に展開が遅くなる。主人公が悩みを告白し、行動に迷いが出るため、ストーリーが停滞しやすい。デメリット2、倫理観が逆転してしまう。『ダークナイト』はジョーカーというヴィランによって、正義や常識を揺さぶること自体がテーマだったので問題はない。しかし主人公が行動に自信を持てない状態では、極悪非道なヴィランの行動が正しく見えてくることすらある。たとえ、制作者の意図とは違っていたとしても。

そしてデメリット3、主人公に共感できても、そこに魅力を感じられなくなってしまう。少なくない観客が「ウジウジしたヒーローやヒロインを応援したくない」と思っているからだ。主人公が苦悩を乗り越える姿に感動を覚えることはあっても、最後まで悶々としているだけでは観客の愛想が尽きるのも自然な心理だろう。

「苦悩する主人公」映画は、マンネリ化した勧善懲悪のアクション映画を刷新するために大きな役割を果たしてきた。しかし今ではそれ自体がマンネリ化し、主人公の苦悩に深刻さを感じられない現象が起こりつつある。『マン・オブ・スティール』以降のノーラン製作によるヒーロー映画が批評や口コミで苦戦している理由も、こうした受容側の変化が大きいだろう。

言うまでもなく、登場人物が欠点を抱え、自分の心と向き合う作劇が悪いのではない。問題は、特に「苦悩」を差し挟む必然性がないにもかかわらず、作り手が流行に合わせて重々しい物語を生み出してしまう点にある。かくして『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』は、「よくある苦悩する主人公像」とどう折り合いをつけるのか、不安と期待を匂わせながら幕を開けた。

 

イーサン・ハントの苦悩すら吹き飛ばす「最高傑作」

結論から書く。『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』はシリーズ最高傑作である。『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』(2011)、『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』(2015)という2本の歴史的傑作を生み出した後、限界まで高くなったハードルを超えてきたのだから奇跡的な作品としかいいようがない。あえてシリーズの過去作品と同じアイデアを踏襲し、スケールアップしたアクションシーンに仕上げているのだから驚愕だ。しかも『フォールアウト』は、ハントの苦悩がまったく物語の爽快な疾走感に影響を及ぼしていない。心理描写に足をとられず、急転直下でクライマックスへと突き進む。

なぜなら、まず「スパイ映画らしいカウントダウン」が設定されているからだ。本作でのミッションにはタイムリミットがある。ハントが悩んでいようといまいと、動かなければ何も始まらない。ハントの内面がいかに混乱していても、画面に映し出されるのはビルの屋上を疾走し続けるトム・クルーズの肉体である。抽象的な心理描写ではなく、絶対的にフィジカルなアクションが本作を支えているのだ。

次に、トム・クルーズの「主人公感」である。ここまで、真っ当なヒーローを説得力とともに演じられる俳優が、あと何人世界中にいるだろう。あえて言うならインド映画のスター俳優くらいだろうが、全世界規模で30年以上もトップクラスの人気を保っているのはトム・クルーズだけだ。トムのまとったスターのオーラは、時流に合わせた「苦悩」など寄せつけないほどに眩い。

 ミッション:インポッシブル/フォールアウト
© 2018 Paramount Pictures. All rights reserved.
また、「脚本がない」「撮影中にトム・クルーズが新しいアイデアを思いつく」(参照)といったクレイジーな制作体制も、「苦悩する主人公」のデメリットを回避できた一因だろう。本作の撮影現場で求められていたのは、ハントの心の深淵にもぐり、感情を表現することではない。トム・クルーズが分身であるハントの姿を借りて、観客の度肝を抜くスタントを連発することだったのである。「物語上の辻褄」という制約から解放されて、本作はいい意味で「文学性」や「哲学性」に流されない映画となったのだ。

では、なぜ『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』は、冒頭の悪夢でハントの苦悩を描くような真似をしたのか。最初から、ハント=トム・クルーズに苦悩など無用だと分かっていたはずなのに。その答えは終盤の展開で明らかになる。

『ミッション:インポッシブル』シリーズにおいては、主人公の苦悩すら超ド級のアクションを彩るスパイスに過ぎない。「映画は人間を描く芸術ではないのか」と憤る人もいるだろう。いや、誤解しないでいただきたい。『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』はしっかりと人間を描いている。トム・クルーズという、現代最強のスターがいかに映画撮影へ命を賭けているのかを克明に記録しているのだ。

Writer

石塚 就一
石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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