【ネタバレなしレビュー】美しさに騙されるな!レフンワールド全開『ネオン・デーモン』の凄さとは
愛くるしい顔、透明感あふれる妖精のような出で立ち。『マレフィセント』でオーロラ姫役を演じた、日本でも人気の女優エル・ファニング。そんな彼女が、ビビットピンクのリップとスパンコールのメイクを施され、首から血を流してソファーに横たわっている……。
そんな衝撃的な写真で目を惹くのが、1月13日に公開された映画『ネオン・デーモン』だ。

この映画には、エルをはじめ様々な美女が出演している。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』で、イモータン・ジョーの妻の一人を演じたモデル、アビー・リー・カーショウ。また大人気モデルのテイラー・ヒルもちょい役ながら出演している。
しかし『ネオン・デーモン』はそんなかわいらしい映画ではない。「きれいだったね!すごかった〜!」と言って終われる映画でもない。なぜなら監督がニコラス・ウィンディング・レフンだからである。
“美しさ”に隠されたもの
エル・ファニング演じる主人公ジェシーは、その美貌でファッション界をどんどん上っていく。そんな彼女に、周りの先輩モデルたちは嫉妬するようになるのだ。
もちろんジェシーはとびっきり可愛いが、他のモデルだって文句がつけられないほどの美人である。それなのにこの映画の女性たちはみな「整形した」だの「何も食べない」だのと言う。男性からしたら、その“美しさ”への執着は信じられないかもしれない。
でもメイクを施されたあと、鏡を見つめるその表情。美しく生まれ変わった姿を見るときの、ジェシーの恍惚とした表情。美しくなっていくことへの、快楽にも似た歓び……。

“内面が美しいことが一番大事”、そんなことはみんな思っているし、理解しているのだ。しかし頭ではそう理解していながら、結局のところ本能的に求めているのは何なのだろう? この世のものとは思えないほど美しい女性たちを見て、私たちは不気味に思いながらも惹きつけられてしまう。
男性も、女性も、“美しいもの”に焦がれているのだということ。それでも欲望に満ちた美しさの中には、残酷で野蛮な本性が隠されていること。そして、狂気はどの人々の中にも宿っているということ……。そうしたことを、『ネオン・デーモン』は美しく歪んだ映像ともに証明してしまっている。その裏側には、レフン監督によって周到に仕掛けられた緻密な設計があるのだった。
レフンワールド、全開!
鬼才ニコラス・ウィンディング・レフン監督は、『オンリー・ゴッド』『ドライヴ』といった過去の作品でも、その独特の色使いが印象的だ。『オンリー・ゴッド』にみられた、血みどろのような赤と冷たい青。『ドライヴ』の孤独な青とあたたかいオレンジ色。今回の『ネオン・デーモン』も、レフン監督らしい色使いが満載である。
赤と青、そして暗闇のなかに光り輝くスパンコールのラメ。まさに全てがネオンのごとく、色が毒々しく脳裏に焼き付いてくる。
『ドライヴ』では人間の孤独、または非情な感情が青、反対に家庭的で優しい部分がオレンジ色で表されていた。しかし『ネオン・デーモン』では、そのどちらの色も私たちに攻撃的に映る。どちらかといえば青色の方が、主人公がまだ“普通の女の子”である状態、かたや赤色は“狂気に満ちた”状態だというべきだろう。
『ネオン・デーモン』では、『ドライヴ』『オンリー・ゴッド』よりも、色彩が主人公の人格の「スイッチ」の役割をしているように感じた。彼女に秘められた本性を覚醒させるスイッチなのだ。

また『ネオン・デーモン』には、『ドライヴ』も『オンリー・ゴッド』でも印象的だった長く長くつづく廊下が登場する。
廊下とは不思議な空間だ。「何かが襲ってきそう」、「誰かが隠れていそう」というような不安を駆り立てられ、そこに佇んでいる人物が孤独な存在に思えてしまう。この『ネオン・デーモン』にも、そんな廊下のシーン、空虚さを感じるシーンが満載だ。

そしてレフン監督ならではの、まるで儀式にのっとったような美しく残酷な描写といったら! 『ドライヴ』ではヒロインとの時間を描いたあたたかいシーンと、血みどろなバイオレンス描写のシークエンスの対比が特徴的だったが、『ネオン・デーモン』では“美しさ”と“残酷さ”が印象的だ。
全く異なる二つの世界が交互に次々と押し寄せることによって、私たちはすっかりレフン監督の底なし沼にはまってしまう。ピンヒールの先で心臓をぐりぐりと潰されるような、そんな感覚に襲われるのである。
登場するモチーフとオマージュ
また『ネオン・デーモン』で注目したいのは、いくつか登場する印象的なモチーフの存在だ。
一つめは“月”である。頻繁に登場する月には、どのような意味が含まれているのだろう?
月は女性を表したものといわれるし、その満ち欠けは、女性の身体の周期とも大きな関係がある。また、狼男が人間から狼へと変身するのも決まって満月の夜だ。静かで美しい月は、人間の中に眠る本能を呼び起こす力を持っている。そんな月が頻繁に登場することで、私たち観客もどこか脅かされているような気分になるのだ。
そして、二つめは“三角形”。上向きの三角形、下向きの三角形も、劇中では印象的に映し出されている。

古来からある謎の遺跡、ピラミッドは三角形。秘密結社といわれる団体、フリーメイソンのシンボルマークも三角形だ。この三角形という図形は、何か神秘的で宗教的な意味合いを持っているように感じられる。上の写真はとても印象的なシーンだが、この時のエル・ファニングがいっそう神々しく不気味なのは、三角形の働きのせいかもしれない。
ちなみに本作には、映画好きにはたまらない有名映画のオマージュや、あの有名監督を思わせる構図も登場する。

例えばスタンリー・キューブリックを彷彿とさせるシンメトリーな構図、カルト映画の巨匠アレハンドロ・ホドロフスキーの映画に見られるような人々の立ち位置。きっと観終わったあと、「あれってああいう意味だよね?」 と誰かと語り合いたくなるだろう。その凝った作りに、レフンが敬愛する監督たちを思って作ったであろう繊細な作りに、ただただ感動してしまう。恐ろしい悪夢でもあり、それでいて“映画って素晴らしい”と思わずうなってしまう、それが『ネオン・デーモン』の魅力だ。
悪夢の世界へ、出口のない鏡の迷路へと私たちを巻き込んでくれる『ネオン・デーモン』。レフン監督の過去作品をご覧になったことがある方でも、その想像をはるかに超える世界に、きっと満足させられることだろう。また今までレフン監督に触れてこなかった方も、この『ネオン・デーモン』で、新しい映画の魅力を感じられるに違いない。
Eyecatch Image: http://www.idigitaltimes.com/neon-demon-review-necrophilia-cannibalism-and-boredom-542419
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