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THE RIVERニュースレター 8月4日号 ─ 『バービー』騒動の考察、謝罪文の背景

THE RIVERのニュースレターです。日々のニュースや話題から注目のトピックを厳選して紹介・解説します。面白い最新情報や、タメになる話まで。THE RIVER運営代表の中谷が担当。

今日はニュース紹介をお休みして、コラムをお届けします。


今週は『バービー』米SNSの不適切投稿が大変話題になった1週間でした。『バービー』に対する批判的な向きが国内で強まってしまったことは残念です。なぜなら映画『バービー』そのものは、当然ながら原爆は一切関係のない、人形の世界と女性エンパワーメント、自己の発見を力強く描いた作品だからです。

ここではいくつか、今回の騒動について見過ごされがちであるように感じられる点について考えてみます。

まず、映画の米公式X(Twitter)アカウントが発端になったことについてです。日本でもそうですが、映画の公式SNSアカウントの運営は広告代理店や宣伝会社に委託されることが珍しくありません(ワーナーのような大手配給であれば尚更)。SNS運営レベルとなると、”広報”ともまた違います。また、当然ながら映画の製作者たちと、SNS運営の担当者は、全く別のものとなります。

次に、本国ワーナー謝罪の文が発表されたことについて、その内容と、発表先、タイミングに注目してみましょう。

日本では、大企業から個人に至るまで、謝罪を行うことが珍しくありません。何か不適切なことがあれば、国民は謝罪会見や謝罪文を求めます。一方でアメリカではそうではなく、企業が謝罪文を発表するというのは、それ自体が異例なことと考えられているようです。

また、今回の謝罪文には“sincere apology”という非常に重い表現が含まれており、先方の意図はここに極まりに極まっているように見えます。さまざまなレベルでの謝罪会見や謝罪文に見慣れている日本人の感覚からすると「短い!」と感じられるかもしれませんが、実はあの謝罪文はアメリカ企業文化からすると、それなりに重い一発なのです。

続いて発表先についてですが、この点が一番難しいところだと思います。今回の謝罪文は全世界のプレスに向けて本国から一斉に送られたもので、日本のメディアには、8月1日に行われた本作監督のグレタ・ガーウィグ来日取材の現場に来ていた記者に対し、“紙”で配布されました。しかし取材時間(=現場入りの時間)は媒体によって異なるため、リリースが撒かれた瞬間、全てのメディア記者が現場にいたわけではありません。

実はこの日、グレタへの取材は昼から開始される予定だったところ、先方の事情により数時間延期されています。おそらく、本国本社の方で先に謝罪文を用意したかったのでしょう。筆者は時間通り現場入りした後、延期を伝えられた後に外で数時間を潰して15時ごろに現場に戻りました。筆者が謝罪文の印刷された紙を受け取ったのは、その時のことでした。15時36分に記事を掲載しました。こうした現場入りの順番の都合で、たまたまTHE RIVERが国内で最初に謝罪文を掲載することとなりました(違っていたらごめんなさい)。その後、他の媒体さんも続々と記事を掲載されていきました。

しかしながら我々日本の媒体よりも早く、14時59分の時点で、アメリカのメディアDeadlineがこの謝罪文の掲載をいち早く済ませ、ほぼ同時にそのことが日本のユーザーの間でも拡散されました。これによって、実際には日本向けにも同時に発表されていたにもかかわらず、「アメリカのDeadlineの問い合わせに対応しただけの文だ」という見方が一部で広がったようです。

この発表は映画『バービー』のSNSアカウントという枝先では済まされず、ワーナー・ブラザースという母体からなされているという点でも、やはり重みが感じられます。主に日本のSNSユーザーの間で局地的に発生した騒動にもかかわらず、会社名義で謝罪をするというのは、アメリカ企業としては珍しいことと見られます。

一方で、SNSに端を発する騒動なのだから、SNS上でケジメをつけるべきだろうという考えもあり、それは“ごもっとも”でしょう。ここで“日本のSNSユーザーの間で局地的に発生した騒動”という事実を再び考えるのなら、あくまでもアメリカの消費者向けに運営しているアカウントで、アメリカの消費者に向けてこの騒動を大きく知らしめたくなかったという考えはあったのかもしれません。

最後に、タイミングについてです。この度の騒動で特に見過ごされがちな事実として、時差というものがあります。米Deadlineはこの謝罪文を現地時間の22時59分に掲載していますが、これは早くとも向こうで22時台にリリースが撒かれたことを意味しています。

ワーナー本社スタッフの労働環境や文化を知っているわけではありませんが、夜22時過ぎに本社名義で謝罪文を世界に撒くというのは、アメリカ企業としてはなかなか重い対応だったのではないでしょうか。

また、ここには「何がなんでも日本の活動時間に間に合わせる」という思いもあったのかもしれません。彼らも事態を相当重く見て、このまま現地時間翌日に持ち越しては、日本も深夜に入ってしまい、出すに出せなくなることを考慮したのかもしれません。もしも日本の企業が、現在進行形で炎上していることについて夜22時以降に謝罪文を発表することがあれば、なかなかの切迫感が感じられることと思います。彼らも同じことをしたわけですが、時差によって日本には伝わりませんでした。

あえて逆の見方もできます。現地メディアが対応しにくい夜間に発表することで、国内での話題拡散を最小限にとどめたかったのではないかという考え方です。一方で、イギリスの時間では朝だったため、イギリスメディアが朝一で取り上げることは避けられません(実際にBBCやMetro UKが報じました)。この発表タイミングについて、どう捉えるかは受け手次第となるでしょう。

繰り返しになりますが、映画『バービー』そのものに敵対的な要素は一切ありませんし、そもそもそういった分野には全く関係のない映画です。もちろん、本社が不適切と認めた件の投稿が日本の観客に非常に悪い心象を与えてしまったことは擁護できませんし、批判が出るのは当然です。『バービー』は8月11日より日本公開を迎えますが、かねてより純粋に楽しみにしていた人たち、観にいく人たちまでもが非難されることがないよう願います。

実際にお会いしてお話ししたグレタ監督はとても穏やかで知的な方で、この映画に込めた思いや裏話を、優しい笑顔で一生懸命話してくださいました。NG質問は一切ありませんでした。インタビュー記事はまた次週に掲載します。

Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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