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【インタビュー】『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』スタントドライバーが語る「家族のような」現場 ─ 過酷カーアクションの裏で

© 2021 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.
007/ノー・タイム・トゥ・ダイ

世界を股にかけたスパイ劇が描かれる『007』シリーズといえば、所構わず繰り広げられるカーアクションが大きな見どころの1つ。ダニエル・クレイグが演じるジェームズ・ボンドの完結編として公開された最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でも、度肝を抜かれる離れ業カーアクションの進化を楽しむことができる。

これを支えているのが、常に危険と隣り合わせの状況で限界に挑むスタントドライバーたちだ。とりわけ、主人公ジェームズ・ボンドの運転を担当する人物には、よりハイレベルなスキルが求められるだろう。THE RIVERでは、まさに『ノー・タイム・トゥ・ダイ』でダニエル・クレイグのスタントドライバーを務めたマーク・ヒギンズ氏にインタビューを行った。

現役のラリー・ドライバーでもあるヒギンズ氏は、ダニエル版『007』シリーズ第2作『007 慰めの報酬』(2008)よりスタントドライバーとしてのキャリアを開始。以降、『ノー・タイム・トゥ・ダイ』までの『007』シリーズをはじめ、『ワイルド・スピード』『アベンジャーズ』『キングスマン』『スター・ウォーズ』といったビッグタイトル作品で活躍してきた。

スタントドライバー歴10年以上のヒギンズ氏にとって、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』はキャリアの集大成でもあるはずだ。『007』シリーズに携わることが「夢のようだった」と語るヒギンズ氏は、このたびのインタビューで『007』で学んだ全てを思い起こしている。ジェームズ・ボンド役を卒業したダニエルとの交流も含め、『ノー・タイム・トゥ・ダイ』でヒギンズ氏が過ごした時間を覗いていってほしい。

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『007 慰めの報酬』に始まったキャリア

── 私たちが、ジェームズ・ボンドという人間を理解できるのは、ダニエル・クレイグのスタントドライバーであるあなたのおかげでもあります。ありがとうございます!

いえいえ。私にとってもちょっとした夢のようです。父と一緒に、初めて映画を観た時は6歳くらいでしたが、誰が『007』の映画に関われるなんて思うでしょうか。アストンマーティンを運転できるなんていうのもすごく最高です。ほんとに。アストンで私がご一緒した方たちは、特別で素敵なチームでした。『007』映画の製作って本当に家族のように感じられるんです。かなりの大家族みたいに。なので、『007』に関われたことは本当に幸運でした。私にとって最初の映画の仕事が『007』ですから。それまでは何の映画もやっていなかった。実際には『007 慰めの報酬』が最初でしたね。

── ちょうど『007 慰めの報酬』について聞こうとしていました。すると今回は、4度目の『007』ですよね?

そうです。私はずっとプロのラリー・ドライバーでした。いろんな大会でラリー・カーを運転してきました。『慰めの報酬』では、車が泥にまみれるような採掘場のシーンがありました。そこで私の友人が、“興味無い?”って聞いてきて。最初は冗談だと思いました。だって『007』ですよ?“いやいや、そんなのありえないでしょ”って。とにかく、私はイエスと答えました。

そのあと実際に電話をいただいて、“3ヶ月で準備してほしい”と言われました。“これって現実なのだろうか”と思いましたけど。とにかく、それが私にとっての始まりでした。それから『スカイフォール』に参加して、マネーペニーになりきってランドローバーを運転しました。あの映画では、本物のカーチェイスはあまりなかった。唯一のカーチェイスが、マネーペニーが列車を追跡する(冒頭の)パートだったんです。あのシーンは全部トルコで撮影しました。そして『007 スペクター』では、アストンマーティンDB10を運転しました。ダニエルが演じるボンドとして。『ノー・タイム・トゥ・ダイ』では、(アストンマーティン)DB5を運転しました。

── 「電話をもらった」をおっしゃっていましたが、オーディションとかは無かったんですか?

なかったです。

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007/ノー・タイム・トゥ・ダイ

── となると、全てはそれまでのあなたの経験だけが頼りだったということですか?

参加にあたっては、あらかじめリハーサルもあったので、そこで自信が持てたと思った時点で、製作側も実際に仕事として車を運転させてくれました。あとは同僚たちのおかげもありますね。彼らとは今も一緒にやっていますが、すごく良い関係で。特に、私のスタント・コーディネーターを担当しているゲイリー・パウエルとはずっと一緒で、今も良い関係です。

── 初めて参加されたときは、ボンドの運転方法みたいなことへの研究はされましたか?過去の映画を観るとか。

私が参加したのは、全く新しいボンドだったと思います。私は参加していないですが、それは『007 カジノ・ロワイヤル』から始まりました。けれど基本的には、当時のスタント・コーディネーターでもあったゲイリーが ─ 今作はリー・モリソンですが ─ よく知っていました。彼らは監督と一緒に取り組んでいたので。例えば、ボンドは、感情をとても抑えたドライバーです。だから表裏の二面性を出す必要はなくて。時々、幻想的なまでの車を動きを捉えたショットを撮る時もありますが、思い切りすぎてもいけない。そういう時は、スタイルを変えながら取り組まなければいけないです。

私たちは、ずっとスタント・コーディネーターの演出を受けています。言ったとおり、今作ではリーの担当です。それから、監督が彼ら(コーディネーター)に指示を与えるので、私たちはチームとして動くのみ。リハーサルもします。リハーサルから何をするのかを学びます。でも私は、過去作全部を観ましたね。だからこそ、自分なりの考えも持っていました。

アストンマーティンとの協力、現地での緻密な準備

── あなたが運転した車種についても教えていただけますか?アストンマーティンDB5を運転されたのは知っていますが、実際にはほかにも乗られたんですか?

今作では、2つのカーチェイスシーンに参加しました。1つは、イタリアでのシーン。ボンドはDB5に乗っていました。それから、スコットランドでも大がかりなチェイスシーンがあって。トヨタの車に乗りました。ランドクルーザーです。ジャガーランドローバーの新型ディフェンダーに追われていた時のシーンです。

あのシーンもすごく楽しくて。スコットランドで1ヶ月間ほど(訓練に)時間をかけました。ノルウェーにも1週間行きました。あとダニエルが乗っていた車だと、アストンマーティンのV8ヴァンテージです。ロンドンにあるガレージから出てくるシーンでした。

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── アストンマーティンのValhalla(ヴァルハラ)は運転しなかったんですか?

運転はしましたけど、あれは本物のヴァルハラではないんです。そう見えるように作られただけで。あの当時、本物はまだ用意がなくて。でも確か、前に乗ったことはありましたね。スコットランドで運転しました。ボンドとしてではないですが、他のキャラクターとして乗りました。でも実際に映画で(Valhallaが)使われていたかは分かりません。(本編を)観た時に驚くかもしれないですね(編注:取材時のヒギンズ氏は『ノー・タイム・トゥ・ダイ』を未鑑賞)。とにかく1日は運転したと思います。

── すごいですね。難易度の高いカーチェイスのシークエンスでは、常に多くのリスクが付き物だと思います。撮影に入る前に、どのような準備をしましたか?どれくらいの時間を費やされたのかも気になります。

撮影が始まる2〜3週間前には、もうマテーラ(撮影地)に入っていたと思います。いろんな場所を走るので、シークエンスのプランを練る必要があって。私たちには映画全体を通して定石があるんです。たくさんの車が関わることもあって、繰り返しリハーサルを行いました。私たちは、望んだ通りの動きを全ドライバーたちに理解してもらって、実際にその通りに動いているかの確認も入念にチェックする必要がありました。最終日には、1つの大きなチームになっていましたよ。

準備には、正確な寸法を測るためにカラーコーンを使ってマーキングをしました。道や街全体を閉鎖するのはなかなか難しいので。現地に着いてすぐ、撮影の準備をしなければいけなかったです。飛行場のような場所で、車の動作チェックもしました。車は映画用に特別に作られていることもあって、アストンマーティンとも仕事を共にしました。彼らも私たちの要望にあわせた車の開発を望んでいました。なので、実際に撮影が始まる前にもたくさんの準備を要しました。撮影は費用もかさむのでね。

── となると、製作を進めていく上でコツを掴むことも必要だったんですね。

まさに、そうなんです。もし車が飛んでしまったら……とか、必要に応じて変更も加えながら。ほとんどの車は完璧に動いてくれるものですが、助席とか後部座席にカメラを置くとなると、重さのバランスも変わってきてしまう。何もかも変わってしまうんです。なので、例えばカメラの補助機材を使って振動しないようにするとか、そういったテストはやりました。そうした中で、私たちは自分たちが望んだ通りのことができたかなと思います。たくさんの側面があるんですけどね。

ダニエル・クレイグとの「リラックスした」現場

007/ノー・タイム・トゥ・ダイ
Getty Images for EON Productions, Metro-Goldwyn-Mayer Studios, and Universal Pictures

──あなたが車を運転していても、観客の前に現れるのはダニエル・クレイグの姿です。ジェームズ・ボンドらしさを運転に出していく上で、撮影前にダニエルとは何か打ち合わせはしましたか?

ダニエルとは、頻繁にご一緒しましたよ。彼とは前もって働きます。必要な時は、ダニエルが運転しますし、彼も良い腕を持ってるんですよ。

── そう聞いています。

そうなんです。実際に彼が運転した良いシーンがあるんですよ。ダニエルに任せられるなら、そっちのほうがずっと楽です。私はダニエルみたいな見た目をしていないので。(CGでの)顔の交換にはたくさんの労力が費やされています。だからダニエルが運転することが理想的なんです。

ダニエルとは撮影前からトレーニングを始めます。彼が運転の感触にしっくり来れば、彼にやってもらいます。車に慣れることが彼の仕事ですし、私たちはいつもそういうやり方で進めています。ダニエルも車が好きなのでね。私たちは4作を共にしてきた仲で、彼は本当に良い人。すごく楽しいです。撮影が始まる前にはいつも楽しく過ごしていますし、リラックスできて良い雰囲気です。

── ダニエルの運転の仕方を真似することも必要になってくるのでしょうか?もしくは逆で、彼があなたの運転を真似するとか。彼には、いろいろと実演してみせたりするのでしょうか?

もちろんです。『スペクター』の時はスタジオ入りした時に手引きをしたと思います。車にも特定のアングルでなければならない特定のタイミングもあるので。ハンドルのどこにどうやって手を置けば良いのかといった説明が必要になってきます。けど基本的に、ダニエルが車の中にいる時はカメラも設置されているので、外観撮影と内部撮影は全く違うんです。ダニエルがリラックスしたようなボンドを車の中で演じて、私は外で自分の仕事を行うというように。

── ダニエルは良い腕を持っているとおっしゃっていましたが、プロの観点から、彼のドライバーとしての腕前をどう見ていますか?ある特定のシーンでは、ダニエルが運転すると言っていましたね。

実際に彼にハンドルを握ってもらったのは、広場でドーナツターンの撮影をしていた銃撃のシーンです。あのシーンにはダニエルに車の中にいてもらいました。大体は私がやりましたけど、ダニエルも参加して、いくらか運転してました。彼は良いドライバーです。

── あなたから観た彼(ダニエル)の強みは?

そうですね……彼の演技は申し分ないほどです。私は演技はダメで、車の運転のほうが得意。だからそれぞれの長所を活かしています。彼の場合は、ドライバーとしても有能ですけど。

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「学びきった時が引き際」、『007』で得た仕事観

── 映画ではほとんどスタントを務めていると思いますが、実際には他のスタントドライバーもいるわけじゃないですか。シーンごとのドライバーの割り当てはどのように決めているのでしょう。それぞれのスキルによって決まっているのでしょうか?

『ノー・タイム・トゥ・ダイ』では、ダニエルが車の中にいるシーンは基本的に全部私が担当しました。他の方たちには、チェイスシーンで追手の悪役を担当してもらいました。通常、コスチュームとかいろんな事情が重なって、1人のドライバーが担当するんです。顔交換もなかなか大変ですから。

けど、もし別のシーンを別の場所で撮影している場合 ─ これは時々あることなのですが ─ バックアップメンバーも用意しています。DB5については、今作で(私以外に)運転した人はいなかったかな。繰り返しになりますが、衣装とかの事情もあるので。

チームには、チェイスシーンやバイク(のスタント)に長けた一流のドライバーたちが揃っています。スタント・コーディネーターが特定のシーンに誰を起用したいか、といったことはあります。それぞれの強みがあるので、あとは彼(スタント・コーディネーター)次第になってきます。ただ基本的には、誰かのスタントダブルなら、その人につきっきりですよ。

── 本編では、ランドローバーの新型ディフェンダーのチェイスシークエンスが強烈で、ボンド史上最高レベルの規模ですね。あのシーンの撮影はいかがでしたか?

楽しかったですよ。マテーラで運転したDB5とは全く違いました。(ディフェンダーのシーンは)スコットランドで撮影しました。スコットランドの道は舗装されていなくて。だからラリードライバーだった私の経験が活きました。やりがいがありましたよ。バイクから車まで、イタリアで行ったものとは全く違いました。

007/ノー・タイム・トゥ・ダイ
New Defender during rehearsals on set of NTTD. © 2020 Danjaq, LLC and MGM. All Rights Reserved.

── 『007』シリーズ以外にもあなたは『ワイルド・スピード』や『スター・ウォーズ』でもスタントドライバーをやられていますよね?

はい。『バットマン』もやりましたね。大規模の映画ですよ。

── そうした大作と比較して、『007』はどのような点でユニークでしょうか。

『007』は誰もが参加したいと思う映画です。アイコニックで、何十年にも遡る大きな歴史がある。私も(『007』を)観て育ってきました。たくさんある他の映画とは違って『007』は特別です。車との関係性も特別ですし。アストンマーティンとはロマンチックな関係ですよね。この映画で働いていると、家族のような雰囲気が感じられます。(プロデューサーの)バーバラ・ブロッコリを筆頭に、みんながお互いを知っている。現場に戻った時には、それまでもずっと一緒だったような感覚なんです。前作からの顔ぶれも同じで、何年一緒にやってきたかも分からないくらい。特別な感情です。なんて言葉にしたら良いのか分からないですが、『007』は『007』です。唯一無二です。

── ダニエル・クレイグ版のシリーズに携わってきた人として、『ノー・タイム・トゥ・ダイ』はどのような仕上がりになっているでしょうか?

私たちが現場で目の当たりにしたもの、実際にやってのけたことから考えても、素晴らしい映画になると思います。でも、もしかすると編集担当の人が、あれだけのカーシークエンスを10分しか使っていないなんてこともありえるので、観るまではどうなるかわからないですね。

マテーラでのシーンの撮影はもう2年前のことです。ずっと待ってきたものがようやく!といった感じですが、今作でダニエルがやったことも含めて、特別な映画になると思います。

── エモーショナルになること間違いなしですね。

そうですね。ダニエルは最高のボンドの1人でした。誰が継ぐのかも興味深いです。

── 最後に、本作を含めボンド映画をやってきた中で一番大変だったことは何でしたか?

どれか1つをピンポイントであげることは難しいです。毎日が学びでしたから。いついかなる時も学び続けるような感じで。運転に関しては、私にとっては一番簡単なことかもしれません。そこから撮影部門や他の方たちとの仕事が大変なんです。カメラや人間の配置をする時とか、いろいろと制限もある他の車とのシーンなんかは、全然違う仕事なんです。

映画をご覧になると単純に見えるような側面も、時には一番シンプルに見えるものが一番むずかしいことになり得るんです。あとは、全ての車が撮影用にデザインされたものとは限りません。この映画に登場するDB5は、映画用に作られたのでとても幸運でした。運転するのは美しいこと。ただ、素晴らしく映る車でも、あまり良いパフォーマンスをしてくれない時もあります。だからこそ困難も多い。学ぶことはずっと続きますし、全てを学びきったと思った時は、引き際なんだと思います。

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は絶賛公開中。

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THE RIVER編集部THE RIVER

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