【レポート】ShoPro Books・山本将隆氏に学ぶ、意外と知らないアメコミの「翻訳権」と「製本」の話
去る2017年3月18日、東京・新宿のネイキッドロフトで開催された「ShoPro Books感謝祭~独演~」。お客さんでぎっしりの会場では、小学館集英社プロダクション(ShoPro Books)の山本将隆氏が、「邦訳アメコミのつくり方」をテーマに、たった一人で約三時間喋りつづけるという、実にハードコアなトークが繰り広げられました。
このたびTHE RIVERでは、この「ShoPro Books感謝祭~独演~」を取材させていただきました。そこで今回は、アメコミ・海外コミックファンの情熱に満ちた客席で聞いた、“意外と知らないアメコミの翻訳権と製本の話”をお届けしましょう。ちなみにイベント全体のレポートはアクトン・ボーイ氏による記事に詳しいので、是非そちらをお読みくださいね!
どうなってるの?邦訳アメコミの“権利”と“お金”
山本氏によると、現在ShoPro Booksでは、市場調査を経て、一年~一年半先までの刊行計画を立てているとのこと。企画はメンバーのそれぞれが立案されるそうなのですが、そこで刊行にゴーサインが出るとして、どうやってマーベル・コミックスやDCコミックスなどの出版社から翻訳権を買っているのでしょうか? ここはひとまず、山本氏によるスライドをご覧いただきましょう。
このように、「出版社が権利を有する場合は出版社と直接交渉」、「権利を有する出版社が窓口として代理人を立てている場合はエージェントと交渉」という二つのパターンが多いようです。アメコミの場合は作家ではなく、出版社に権利が帰属しているとか。
また豆知識として、日本の出版社がどうやって翻訳権を得たのかを知るには、本の奥付にあるコピーライト表記をチェックすればいいそう。たとえば筆者の手元にある例を見てみますと、マーベルの『マーベルズ』(2013年刊)には“© 2013 MARVEL”、DCコミックスの『ウォッチメン』(2009年刊)には“Japanese translation rights arranged with DC Comics, New York through Tuttle-Mori Agency, Inc., Tokyo”なんて書かれています。この場合、『マーベルズ』はマーベルとの直接交渉によって、『ウォッチメン』は東京にある株式会社タトル・モリ エイジェンシーを経由してDCコミックスから翻訳権を入手したのだと推測できます(注:現在、日本におけるDCコミックスのエージェントはタトル・モリ エイジェンシーではございません)。
翻訳権にかかわる“お金”の話
アメコミの翻訳権にかかわるお金には、大きく分けて「著作権使用料」と「素材費」があります。日本の出版社は、これをまとめて権利元に提案するそうですが、これがなかなか複雑なので、一つ一つ見ていくことにしましょう。
著作権使用料
「著作権使用料」とは、いわゆるロイヤリティ(印税)のこと。「アドバンス(アドバンス・ロイヤリティ)」といって、印税を前払いで支払う必要があるようです。これはアメコミに限らず、翻訳出版業界では共通のシステムだとか。まず、契約時にアドバンスを権利元に支払い、実際に本が刊行された後、その本がアドバンスの金額以上に市場で動きを見せた場合、さらにロイヤリティを支払うという、いわば二段階の料金システムなんですね。
アドバンスの金額は、MG(ミニマム・ギャランティ=最低保証使用料)を算出するように、「本の予価(予定価格)×ロイヤリティ(%)×初版想定部数」という、比較的わかりやすい計算式で算出します。ロイヤリティには、売れた分だけ発生する“実売印税”と、刷られた分だけ発生する“発行印税”があるのですが、海外の出版社に支払う場合はほとんどが実売印税。なので、この計算式も「初版予定部数」を多めに考えるのではなく、実売を加味して試算する必要があるようです。ただし、複数の出版社が権利獲得に動いている場合は、よりよい条件を提示するため、上記の算出方法にとらわれないこともあるそう。またロイヤリティには、部数を問わずパーセンテージが一定の“固定型”と、部数に応じてパーセンテージが変化する“変動型”があって、そのカタチは出版される本によって違うとか……。素人の筆者には目まいがしてきます。
素材費
ロイヤリティとは別に支払う「素材費」とは、画稿使用料のこと。アメコミはコミックですので、イラストは必須。そのイラストにかかる費用なんですね。本にはそれぞれのページ数がありますので、そのページ数に応じて“一ページにつき○円”というふうに発生する場合と、一冊単位で発生する場合(グロス)があるということです。
……というわけで、こうして(おそらく)大きな金額をもって翻訳権の契約は結ばれるわけですが、なんとその契約は、短ければ数年で切れてしまうとのこと。セルオフ期間(契約終了後の販売猶予期間)をあわせても、短い場合、わずか二~三年で終わってしまうそうです。気になっている海外コミックは、早く買わないと手に入らなくなるかもしれませんよ!
海外コミック、製本までの試行錯誤
翻訳権の取得後、翻訳者の方によって日本語に訳された海外コミックは、それから本としてデザインされ、印刷されることになります。商品としては、いわば「どんな本に仕上げるのか」という超重要な局面。そこで検討しうるたくさんの選択肢を、山本氏にご紹介いただきました。
邦題とロゴ、カバーのデザインへのこだわり
ファンの皆さんが最も気になるのは、きっと「邦題」と「ロゴ」でしょう。原題をカタカナにしたままのタイトルもあれば、日本語にしっかり訳されるタイトルもありますが、山本氏によると、その違いの基準は「作品による」そう。ロゴの場合も同様で、原書にあるロゴを使用するデザインが多いなか、たとえば『スパイダーグウェン』(2017年3月刊)にはカタカナの日本語版オリジナルロゴが採用されています。「作品的に許されるものなら挑戦する」というスタンスだということなので、ファンの気持ちを考えて、『バットマン』のカタカナロゴを作ろうとは思わないとか……。
しばしば邦題や日本語ロゴへの批判があることは、山本氏もご存知のようでした。それでも挑戦するのは、「そのままのタイトルで、ロゴもいじらないで、原書のテイストを崩さない方がいいのもわかります。でも、それだとコアなファンしか手にとってくれない気がする」からなのだそう。カバーやタイトルにも、新しい読者に対するアピールがこめられているんですね。
またハードカバー/ソフトカバーの違いや、カバーへの様々な加工なども、原書のデザインや加工をいかに反映するか、作品に合うのはどんなカバーか、といったことを念頭において試行錯誤されているそうです。しかし、そうしたデザインへのこだわりが、結果的に本の価格を上げてしまうこともあるとか。山本氏は、「自分たちのこだわりを読者に押しつけない」ということを社内のメンバーに伝えているといいます。
本文用紙、実は高い紙ではなかった
海外コミックの邦訳版は決して安い本ではありません。実際に山本氏は、よく「もっとチープな紙を使って価格を下げてほしい」という要望を受けるそう。確かに、多くのコミックはオールカラーですし、紙質も良い感じがしますもんね。
ところが山本氏によると、本の価格を抑えるため、すでに高くない用紙が使われているといいます。紙の価格は使われる頻度によるため、ザラザラとした“いかにも安そうな紙”が実際には高いこともあるとか。ちなみにアメリカで発売される月刊誌のコミックブック(日本では「リーフ」と呼ばれる中綴じの冊子)には非常に薄い紙が使われていますが、やはり邦訳版には最低限の厚さが必要だと判断されているようです。
と、ここで客席から「『バットマン:エターナル』について教えてください」という声が。2017年1月刊行の『バットマン:エターナル〈上〉(THE NEW 52!)』は、全三巻の原書を、邦訳版では上下巻の二巻構成に改めています。そのため上巻は600ページの超極厚本に! しかし、本書の特徴は「厚いのに軽い」こと。その秘密は、やはり本文用紙にありました。
山本氏によると、通常アメコミで本文用紙として使われるのは「コート紙」と呼ばれる、相応の重さがある紙だといいます。そのため、コート紙が使われた『トランスフォーマー:オール・ヘイル・メガトロン』(500ページ)はかなり重い本となっていました。しかし『バットマン:エターナル』や『バットマン:ノーマンズ・ランド』などでは、コート紙よりも密度の低い紙を採用したため、厚さに対して軽い本に仕上がったのだそうです。ただし、こちらはインクが染み込みやすく発色が鈍くなるほか、コート紙の本よりも一冊の束幅(背幅)が広くなるという側面も。こうした特徴を踏まえて、本文用紙は選ばれているのです。
最後に/「みんなでいいものを作りたい」
この記事でご紹介した「翻訳権」と「製本」の作業は、一冊の海外コミックが手元に届くまでの膨大な作業のごく一部にすぎません。もっとも山本氏は、そんな作業を日々務めるなかで、“ファンの声を聞く”ことにとりわけ注力されている印象を受けました。今回のイベントでも、今後刊行してほしい作品や、すでに刊行されたコミックについて、また宣伝のやり方に至るまで、客席からの意見や質問の一つ一つに耳を傾けつつ、「みんなでいいものを作りたい」と話されていたのです。

思えば、アメコミ映画のヒットなどによって“海外コミックの邦訳”という文化が日本でも広く知られはじめてから、まだそれほど長い時間は経過していません。ファンを大切にしつつ、ファン以外にも海外コミックを届けようとする意志の裏側には、翻訳・出版業界の当事者だけでなく、その文化を愛するファンや、現在・未来のすべての読み手が、今後の日本における海外コミックのあり方を左右するのだというメッセージを感じずにいられませんでした。
現在、ShoPro Booksによる次回のイベントはまだ決まっていないとのこと。しかしながら、ただコミックを読んでいるだけではわからない“作り手の声”を聞くことができる、またファンの声を直接届けることができる稀有な機会として、今後も継続的に開催されることを、筆者も強く望みたいと思います。
ShoPro Booksさん Webサイトはこちら:http://books.shopro.co.jp/
Photo: ©THE RIVER