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これぞ“NEW COOL”!なぜ『スパイダーマン:ホームカミング』はアメリカ学園ドラマとして画期的なのか?

注意

この記事は、『スパイダーマン:ホームカミング』の内容に触れています。

スパイダーマン:ホームカミング
cMarvel Studios 2017. c2017 CTMG. All Rights Reserved.

学園ドラマのお約束に集った生徒たちの正体は

冴えない童貞高校生、ピーター・パーカーはお調子者の親友、ネッドと一緒にパーティーへと繰り出す。片思いの美少女、リズが誘ってくれたのだ。似合わない帽子を被ったネッドはピーターを煽る。

「おい、あのネタ早くやれよ」

すると、ターンテーブルを回していた、いじめっ子のフラッシュが声をかけてきた。

「よう!ペ○ス・パーカー!」

赤面するピーター。今夜こそはリズともっと仲良くなりたいのに…。?

以上は現在公開中『スパイダーマン:ホームカミング』(2017)からの引用である。ボンクラな主人公とその友人、美少女にいけすかない野郎、そして親のいぬ間のパーティーと、アメリカ学園ドラマのエッセンスが凝縮されたワンシーンだ。

ただし、決定的にこれまでの学園ドラマと異なるのは、ここで挙げたキャラクター全員が、学校では成績優秀の優等生集団という点である。それがどんなに斬新で重要なことなのかを詳しく説明していこう。?

理系と文化系の地位が向上したアメリカの学園生活

かつて、アメリカ学園ドラマではガリ勉を「ブレイン」、パソコンおたくを「ギーク」と呼び、文化系生徒と並んでスクール・カーストの最下層に置いてきた。彼らにはパーティーはおろか、平穏な学園生活すら保障されていない。毎日、体育会系生徒(ジョックス)の恐怖に怯えながら、縮こまって卒業を待つしかなかったのだ。少なくとも、フィクションの中では。

(こうしたスクール・カースト論と80年代以降の関連作については、トガワ イッペー氏の素晴らしい解説があるのでそちらに譲る。)?

しかし、『スパイダーマン:ホームカミング』では、ジョックスはおろか、平均的な成績で平凡な学園生活を送っているはずの生徒たちも登場しない。本作からは従来のスクール・カーストが喪失している。というよりも、ブレインにあたる生徒の中だけで、スクール・カーストが再構成されているのだ。そして、いつでも学園映画の被害者だったブレインたちが大手を振って校内を闊歩し、市民権を得ている。(それでもピーターは童貞)?

学園映画を取り巻く状況が変わったのは、いくつかの時代背景がある。たとえば、オバマ前大統領は2009年の就任以降、教育改革に力を注いできた。アメリカ全土の学校に教育IT導入を押し進め、子供の学力レベルを向上させようと試みたのだ。また、IT業界の発展が国際社会での生存には不可欠だと考え、STEM分野(Science, Technology, Engineering and Mathematicsの略称。広く理数系を指す)の強化方針を打ち出してきた。結果、「勉強ができる」ことのステータスが学園の内外で見直されるようになっていったのだ。

こうした当時の時勢を反映させた代表的なフィクション作品は、2011年に出版された小説『ロボコン イケてない僕らのイカした特別授業』(ニール・バスコム著)だろう。全米の高校が集う、ロボットを操作して相手より多くの得点を稼ぐ競技“FIRST”に挑む高校生たちを描いた本作は、現代を“THE NEW COOL”という。これまで、スポーツや恋愛に励む高校生たちは何度もフィクションのテーマになってきた。しかし、本作は究極の理系競技である「ロボコン」を通じて、高校生たちの青春を描き出す。専門用語は満載でも決して読んでいて苦痛ではない。変化球の打ち方に悩む球児も、告白のシチュエーションに悩む女子も、プログラムコードの書き換えにあくせくするオタク少年も、みんな同じ青春を生きていると読者は実感できるからだ。『ロボコン~』の登場人物は創作だが、内容は著者の取材に基づいているという。まさに、「新しいかっこよさ」を本作はアメリカに提示したのである。?

TVドラマ『glee/グリー』(2009-2015)の存在も大きかった。『21ジャンプストリート』(2012)で筋肉バカの主人公が「俺がモテなくなったのは『glee』のせいだ!」と嘆いたように、学園ミュージカルである『glee』の大ヒットはスクール・カースト下層に位置していた文化系部員のイメージを変えた。体育会系が無条件にふんぞりかえっていた時代は揺らぎつつあり、アメリカ学園ドラマの勢力図にも変化が訪れたのである。

もちろん、これらの背景を理由に「アメリカでは理数系や文化系へのいじめは消失した」とまでの暴論は書かない。しかし、80年代から90年代にかけて、自由競争社会が強調され、男根主義がもてはやされていた一時期と比べれば、状況が異なってきているとはいえるだろう。

楽しく生きるピーターにのしかかる重い事実

ピーターが通う学園は有色人種やアジア系の生徒が非常に多い。これは、学園全体の学力レベルが高く、理系に力を入れている教育方針が示唆されている。インドなどの理系分野に優れた国の人々は、職を求めアメリカに渡ったり、子供を留学させたりする割合が強い。ピーターの相棒、ネッドもアジア系である。

『スパイダーマン:ホームカミング』は、自分に合った校風でしっかりと居場所を見つけているギークの少年が主人公、という点で非常に画期的なアメリカ映画なのだ。ピーターは全米学力大会の選抜チームに選ばれるほどの秀才で、毎日機械いじりに明け暮れながら楽しそうに学園生活を満喫している。(それでもピーターは童貞)

スパイダーマン:ホームカミング
cMarvel Studios 2017. c2017 CTMG. All Rights Reserved.

ピーターの憧れのヒーローであり、大きな壁でもあるトニー・スターク=アイアンマンも、そういえば完全なる理系人間だった。天才的な知能と財力をあわせ持ち、女にモテまくるトニーはピーターの属する世界の頂点だといえるだろう。?

しかし、「これで現代の学園ドラマは平和になりました」という単純な話ではない。福沢諭吉先生の言うとおり「天は人の上に人を作らない」。ただし、人は人の上に立ちたがる生き物である。『スパイダーマン:ホームカミング』で、過酷ではないにせよ、ブレインの生徒同士の間にも力関係が発生しているのは、ポップなストーリー展開ににじんだ黒いシミとして、少しだけ心を痛ませる。もしかすると、ジョックス上位のスクール・カーストは近い将来、跡形もなく解体されるかもしれない。しかし、その後に築かれるのは別のカーストではないだろうか、と不安になってしまうのだ。

また、ジョックスや不良からの危害を免れた状況であるからこそ、「それでもピーターは童貞」だという事実の重さも、より深刻にのしかかってくる…。頑張れ、ピーター!次回作では、女子を誘うときの衣装は叔母さんに頼むんじゃなく、自分で選ぶんだ!

ともあれ、『スパイダーマン:ホームカミング』のピーター・パーカーが“THE NEW COOL”を体現した少年ヒーローだとは、間違いなく断言できるだろう。

Writer

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石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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