『スーパーガール』主演、ファン批判は「止めようがない」 ─ 「女性の身体に対して妙な所有感を持つことに、あまりにも慣れすぎてしまっている」

新DC映画『スーパーガール』で主人公カーラ・ゾー=エル/スーパーガールを演じるミリー・オールコックが、出演決定の裏側と、自身の見た目に向けられる批判・誹謗中傷について率直に語った。
オールコックは「ハウス・オブ・ザ・ドラゴン」出演後、もう大きなフランチャイズ作品には関わらないと決めていたという。しかし、その後ドラマ「Sirens」終了後に1年ほど仕事のない時期が続き、不安が大きくなっていった。本人は当時を振り返り、「22歳で、自分の人生はもう終わったんじゃないかって、本気で怖かった」と吐露。それでも実際にはそうではなく、スーパーガール役の話が舞い込んだ際には、「半ば自分を無理やり押し込むようにして、この役をやることにした」と明かしている。
巨大フランチャイズへの復帰には葛藤もあったようだが、その一方で、スーパーヒーロー映画というジャンルに向けられる批判については比較的冷静だ。マーティン・スコセッシやリドリー・スコットのような巨匠たちが、このジャンルに懐疑的な見方を示してきたことについて、オールコックは「新しい波が来れば、それに対する批判は必ず起こるものです」とコメント。「すべての映画が、すべての人のためにあるわけではありません。芸術の良さは、自分の好みで選べることにあります」と受け止めている。
さらに彼女は、そうした“作品への賛否”以上に、女性俳優として向けられる視線の厄介さにも言及した。『ゲーム・オブ・スローンズ』系作品の熱狂的なファンダムを経験したことで、「ああいう場所では、女性としてそこに存在しているだけで、人は何かしら言ってくる」と実感したという。あわせて、「人は、女性の身体に対して妙な所有感を持つことに、あまりにも慣れすぎてしまっている」とも指摘した。「止めようがありません。私にできるのは、自分自身でいることだけです」。
大作フランチャイズにおいて、俳優が演技以上の部分まで含めて消費されてしまう現象は、いまや珍しくない。とりわけ女性キャストには、その視線がより露骨に向けられやすい。オールコックの言葉は、『スーパーガール』をめぐる期待の大きさを示すと同時に、その期待が容易に攻撃性へ転じうる危うさも浮き彫りにしている。
新たなDCユニバースの重要作として注目を集める『スーパーガール』だが、公開前から作品そのものだけでなく、主演俳優の“存在の仕方”までが論じられている。ヒーロー像が問われる時代にあって、まず試されているのは、観る側のまなざしなのかもしれない。
映画『スーパーガール』の舞台は、スーパーマンが地球を救ったその後の世界。故郷クリプトン星の崩壊によってすべてを失ったカーラは、唯一の心の拠り所である愛犬クリプトと静かに暮らしていた。ところが、突如現れた敵クレムの襲撃によってクリプトが毒に侵されてしまう。残された時間はわずか3日間。カーラは、家族を奪われ復讐の旅を続ける少女ルーシー、そして宇宙最凶の賞金稼ぎロボとともに、解毒剤を求めて宇宙規模の冒険へ踏み出していく。
監督を務めるのは、『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』や『クルエラ』のクレイグ・ギレスピー。主人公スーパーガール/カーラ・ゾー=エル役には、『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』で注目を集めたミリー・オールコックが抜擢された。さらに、異星人の少女ルーシー・メアリー・ノール役にイヴ・リドリー、宇宙最凶の賞金稼ぎロボ役にジェイソン・モモアが出演。『スーパーマン』でも存在感を放った“スーパードッグ”クリプトも再登場する。
『スーパーガール』は2026年6月26日、日米同時公開。
▼ 『スーパーガール』の記事
Source:Vanity Fair,THR































