【考察】スパイ映画『裏切りのサーカス』エンディングの有名曲「La Mer」に隠された意味とは?

THE RIVER読者のみなさん、「映画のあるシーンが好きすぎて、そのシーンだけ毎日のように見ちゃう」そんなお気に入りのシーンはないだろうか。好きな映画の中でも、特に印象的なワンシーン。『トレインスポッティング』や『時計じかけのオレンジ』のオープニング、『ラ・ラ・ランド』の「Someone in the cloud」のシーンなど、何度でも見たくなる魅力的なシーンはたくさんある。
英国紳士が大好きなみなさん、イギリス映画が大好きなみなさんには特に共感して頂けると思うのだが、筆者はとある映画のワンシーンを中毒者のごとく何回も見てしまう。2011年公開『裏切りのサーカス』のエンディングである。このシーンで使われている、脳裏に刻まれる曲はスペイン出身の歌手フリオ・イグレシアスによる「La Mer(ラ・メール)」だ。フランス語で「海」というタイトルである。
実はこの「La Mer」、他の映画でもいくつか使用されている人気曲である。今回はこの曲の持つ様々な意味について、またスパイ映画『裏切りのサーカス』のキャラクターの秘められた気持ちをじっくりと紐解いてゆきたい。
【注意】
この記事には、映画『裏切りのサーカス』のネタバレが含まれています。
フランスの有名曲「La Mer」
この「La Mer」はフランス人のシャンソン歌手、シャルル・トレネによって作曲された歌だ。1940年代に大ヒットし、その後たくさんの歌手によってカバーされている。
「La Mer』はタイトルの通り、海の美しさを歌った曲だ。「海よ。入江の波打ち際では、銀色に輝く波が踊る」。決して全体を通して長くはない歌詞だが、海に対する深い憧れと想いが伝わってくる。聴いているだけで砂浜の風景が浮かんでくるような、そんな癒される歌だ。
この「La Mer」がオープニングで使われている映画が2008年公開のフランス映画『潜水服は蝶の夢を見る』だ。これは脳溢血により“閉じ込め症候群”になってしまったファッション誌「ELLE」の編集長、ジャン=ドミニック・ボービーが、まばたきだけで綴った自伝を映画化した作品である。
麻痺により左目のまぶたしか動かせなくなってしまったジャン=ドミニック・ボービー。もう自分の意思だけでは体を動かせなくなってしまった彼の、美しい風景に対する憧憬や波打ち際で遊ぶ鳥のように飛んでいきたいという、切ない願いが「La Mer」にのせて綴られている。
しかし『裏切りのサーカス』はスパイ映画だ。決して美しい海が出てくるような話ではない。では、なぜエンディングにこの「La Mer」が使われているのだろうか? そして、なぜ観るものの心を強く惹きつけるシーンに仕上がっているのだろうか? 実はこの「La Mer」は英語でもカバーされているのだが、その歌詞はフランス語とは違った意味合いになっているのだ。
「La Mer」英語版の歌詞の意味
アメリカ人歌手、ジャック・ローレンスは「La Mer」に英語の歌詞をのせ、楽曲を新たな表情へと変えてみせた。英語版のタイトルは「Beyond the sea」だ。この曲もまた、数々のミュージシャンたちによってカバーされている。
「この海の向こう側に、私を待っている人がいる。海を越えたどこかで、その人は私を探している」。そう、「La Mer」は英語版の歌詞だと、海の賛歌ではなく恋人に捧げる歌になっているのである。
『裏切りのサーカス』緻密かつ精巧なストーリー
イギリスの秘密情報部「サーカス」の中に、ソ連の裏切り者“もぐら”がいる。幹部のティンカー、テイラー、ソルジャー、プアマン、怪しい者はその全員だ。サーカス内部の裏切り者は誰なのか? ゲイリー・オールドマン演じる主人公スマイリーが謎を追っていくストーリーである。
私たちも観客も謎を解いていくミステリー調の作品だが、この話は単なるスパイたちの物語ではない。自分を偽り、スパイとして生きる男たちの“愛”が入り混じる物語だ。
この作品のエンディングで、堂々と貫禄を漂わせながら登場するのはコリン・ファース演じるビル・ヘイドン(テイラー)だ。ビルと視線を絡み合わせるのがマーク・ストロング演じるサーカスの工作員ジム・ブリドー。実はビル・ヘイドンはバイセクシャルで、ジム・ブリドーは彼の“親友”であった。いわば愛人だ。
ビル・ヘイドンはジム・ブリドーに微笑みを投げかけ、ジムも彼に答えるものの、ビルはどこかへ去っていってしまう。切なそうな表情を浮かべるビル。クライマックスで明かされるサーカス内部の“もぐら”は、実はこのビル・ヘイドンだったのだ。エンディングではそんなビルを想っていたジムが自らの手で彼を始末する。二人は銃弾を放つ前に目を合わせる。失望の色か謝罪の念か、言葉は交わさなくとも想いを交錯させる二人の視線が印象的だ。
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