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米ユニバーサル、新作の劇場公開&同時配信を示唆 ─ 窮地の映画館業界が猛反発「ユニバーサル作品は今後一切上映しない」

AMC Theatre
Photo: Andreas Praefcke https://en.wikipedia.org/wiki/File:AMC_Empire_25_NYC.jpg

米ユニバーサル・ピクチャーズと、全米最大の映画館チェーン「AMC」が激しく対立している。新型コロナウイルスの感染拡大により、全米の映画館がほぼ全面的に休業せざるをえなくなっている今、ユニバーサルが、映画館の営業再開後も新作映画の配信展開を視野に入れることを示唆したためだ。これに対して、AMC側が“それならばユニバーサル作品は自社の劇場では一切公開しない”と反発したのである。

事の発端は、2020年4月10日に、ユニバーサルが映画館の休業を受け、アニメ映画『トロールズ ミュージック★パワー』のデジタル配信を開始したこと。購入後48時間視聴可能で価格は19.99ドルという高額の配信だったが、同作は配信から約3週間で1億ドル以上の売上を記録。NBCユニバーサルのジェフ・シェルCEOは「期待以上の成績であり、配信の可能性を証明した」として、「映画館の営業再開後も、両方のフォーマットで映画を発表していきたい」と米Wall Street Journalに記したのである。

ユニバーサルの声明が、従来の映画ビジネスを激しく揺さぶりうるものであることは確かだ。これに対して、AMCのアダム・アーロンCEOは「一方的な宣言であり看過できるものではない」と反応。ユニバーサルが劇場公開・配信の両方を採用するのであれば、「米国・ヨーロッパ・中東の自社劇場において、今後はユニバーサル作品を一切上映しない」と言い切ったのだ。

それにしても、ユニバーサルのたった一言に対してAMCの姿勢は強硬だった。「これは見せかけでも、軽はずみな脅しでもない」「怒りに任せたものでも、なんらかの懲罰でもない」としたうえで、今後も「誠意ある協議なく、現在の慣例を一方的に放棄するフィルムメーカーにも同じ方針を適用する」とさえ記したのである。これまでAMCはユニバーサルとの間でさまざまな戦略やビジネスモデルについて議論を重ねてきたと強調したものの、「そのような議論や、納得できる結論をもたないまま、数十年にわたるビジネスは残念ながら終わりを迎えることになる」と。

この直後から、米国のジャーナリストや映画ファンからはあらゆる反応と議論が飛び出した。もしユニバーサルの映画を上映しないとすれば、AMCは『ワイルド・スピード』『ジュラシック・ワールド』の最新作、さらには『ミニオンズ』などのイルミネーション作品という“大ヒット作”を上映しないことになるが、本当にそれでいいのか。業界全体が危機にさらされている中、かくも感情的に──AMCは「怒りに任せたものではない」と記しているが──対立していていいのか。今後、新作映画の配信は一種のスタンダードになっていくのか、それとも劇場主体のビジネスに回帰するのか。

そんな中、ユニバーサルは、すぐさま「我々の立場や行動を混乱させようとするAMCの試みには落胆しております」との反論を提出。『トロールズ ミュージック★パワー』の配信展開は、あくまでも映画館などの娯楽施設が営業できない状況下で、自宅待機=自主隔離を要求されている人々にエンターテイメントを提供することを目的にしたものであり、「消費者の映画体験を阻んだり、我々のパートナーやその従業員にネガティブな影響を与えたりする選択ではない」との意志を示している。

「私たちはできるだけ多くの観客に、なるべく効率的にエンターテイメントをお届けしたいと常に願っております。もちろん劇場体験には信頼を寄せており、相反する声明は一切発表しておりません。さきほど発表しましたとおり、今後も新作映画は映画館にて直接公開し、理解が得られた場合には配信を同時展開したいとの考えです。上映パートナーのみなさまとは、さらなる非公開の協議に期待いたします。」

もっとも、ユニバーサルの反論にもかかわらず、映画館業界の反発はもうしばらく続くかもしれない。AMCに追随して、全米映画館所有者協会も声明を公開。『トロールズ ミュージック★パワー』の好成績は「自宅で娯楽を求めた人々が非常に多かったことを示すもので、消費者の鑑賞形態の変化を示すものではない」として、「未曾有の情勢下における非日常的状況を、劇場公開を見合わせるステップにすべきではない」と批判した。また、ヨーロッパの映画館組合「The International Union of Cinemas」も同様のステートメントを発表。AMCに次ぐ米国の大手映画館チェーン「Regal Cinemas」も、「窓口(=映画館)に敬意を示さない映画は今後上映しない」との姿勢を示したのである。

現在、映画館業界は極めて厳しい状況に立たされており、AMCは夏にも営業を再開できなければ経営破綻も避けられないと報じられている。これ以上ない切迫感のなか、ユニバーサル側の一言を見逃せる余裕はなかったということだろう。しかも今や、ユニバーサルのみならず、ディズニーやソニー、パラマウントなどが新作の劇場公開を断念し、配信に回すことを続々と決定しているのだ。“劇場公開と配信を同時展開する”という動きがハリウッドに広がれば、映画館のダメージはますます膨らむ。しかし一方で、最終的に選ぶのは観客だという問題もある。コロナ禍が収まったあとも、映画館への客足がすぐに戻ることは考えづらい。もしも新作映画を自宅で観たいという需要が思いのほか高まった時、スタジオはどちらの道に進むのか。

Sources: Variety, Deadline(1, 2, 3

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。