『スター・ウォーズ』と政治論争 ─ 『最後のジェダイ』中傷ツイートを明らかにする論文を読み解く

さらに、この論文の調査結果に果たしてどれだけ意義があるのかも判断しがたい。調査対象となった967件のうち、政治目的やボットなどではない実際のファンによる否定的な書き込みはわずか1割程度だったわけだが、そもそも967件という母数は一般論化するのに相応しいボリュームであったかは怪しい(この点については、ベイ博士自身も認めている)。さらに、調査対象がライアン・ジョンソン監督のアカウントに直接メンションしたツイートに限られている点も信ぴょう性に欠く。『最後のジェダイ』に失望したファンが、わざわざライアン監督に直接メンションを飛ばして文句を言うケースは稀だと考えられるからだ。
しかし、ベイ博士が暴いた「政治活動の手段として『スター・ウォーズ』をアリバイにする」存在については、嘆かなければならない。
マーベル映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズのジェームズ・ガン監督の一件もあったからだ。ガン監督も、思想的に対立するオルタナ・ライト集団によって失脚を許している。本来は楽しいはずの僕たちのポップカルチャーが、本来の文脈から逸脱したところで掻き乱されることがあってはならない。『最後のジェダイ』に限らず『スター・ウォーズ』について議論するのであれば、それは『スター・ウォーズ』の銀河の中にあって欲しい。そう考えてるファンは少なくないはずだ。
それでは、なぜ『スター・ウォーズ』の話題に、右翼だとか左翼だとかという単語がついてまわるのか?ノンフィクションの時事性をメタファーや風刺として取り入れることは映画に説得力を与えられるかもしれないが、それは手段であって目的ではない。今後『スター・ウォーズ』や『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の新作映画が公開される頃、世界は作品の議論をしているのか?それとも政治問題の議論をしているのか?
Source:Morten Bay