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『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』は主役不在の「喪失」をいかに描いたか ─ 脚本再執筆の舞台裏、「これは水の映画だ」

ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー
© 2022 MARVEL.

この記事には、映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』オープニングのネタバレが含まれています。

ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー
©MarvelStudios 2022

「喪失」を描くために

クーグラー監督は、映画の幕開けとなるシュリとラモンダのシーンを「二人芝居」と呼ぶ。本作にかぎらず、クーグラーは「どういう問題であれ、観客をその中心に放り込みたい。事件にもっとも近い人物のところに」という信条を語った。本作の場合、それがシュリとラモンダだったのだ。

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「シュリはティ・チャラがこの世を去るまで、兄のいない人生を一日たりとも知らない。だから彼を失い、人間としてのアイデンティティも失われてしまったのです。この映画では、(シュリにかぎらず)すべてのキャラクターの悲しみと喪失、そしてアイデンティティの消滅をきちんと描きたいと思っていました。」

ティ・チャラの死にはじまる物語は、ワカンダの人々が国王の死を悼む葬儀のシーンへと続く。ただし、本編のオープニングであるこれらのシーンは、実際には一番最後に撮影されたものだった。あらかじめ脚本に存在したタロカン周りのシーンから、全体のプリプロダクション(撮影前作業)や撮影は始められている。クーグラー&コールが物語の書き換えかたを決定するのを待ってから、ティ・チャラの追悼に関係するシーンは撮られていたのだ。

ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー
©Marvel Studios 2022

すべての撮影が終わり、編集作業を経て、本作の上映時間は2時間41分となった。MCUの単独映画としては過去最長だが、ここにも監督のこだわりがある。クーグラーは、スーパーヒーロー映画ならではのアクションをてんこ盛りにしながらも、おなじみのキャラクターが自らを表現できる時間を合間にきちんと用意したいと考えたのだ。シュリやラモンダだけでなく、オコエ、ナキア、エムバクなど、彼らのそれぞれにドラマ的な見せ場がある。エムバクに至っては、登場時間が前作の約2倍となった。

コールは「彼らの全員が奇跡を起こせるだけの、確かな土台を与えたいと思っていました」と語る。「本作は瞑想の映画です。次のアクションシーンへ向かうのを急ぐことはしない。人々の人間性を知る場面があってこそ、アクションシーンが意味あるものになるのだから」。したがって編集段階の課題は、むしろ“どのようにアクションを削るか”ということだった。クーグラーいわく、撮影が大変だった場面さえもやむなくカットしたという。

「登場人物は戦士や兵士、科学者たちであり、彼らには人間関係がある。それこそが僕たちにとっては重要でした。この映画は家族劇であり、ほかにもあらゆる側面があります。登場人物はともに働きますが、彼らは実際に家族であったり、または家族のような役割だったりする。ワカンダを守るのが人生だったり、愛する人を守るのが人生だったり、いわば“仕事が人生”の人たちです。彼らの仕事には決して終わりがない。ラモンダ女王に仕事休みはありません。母親の責任からは降りられない。(本作では)アクションと同じくらい、そうした会話を描く必要がありました。」

ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー
(L-R): Danai Gurira as Okoye and Angela Bassett as Ramonda in Marvel Studios’ BLACK PANTHER: WAKANDA FOREVER. Photo by Eli Adé. © 2022 MARVEL.

クーグラーとコールが最終的に形づくったのは、ティ・チャラの死という悲劇を受け止めながら、タロカンの襲来という危機に対峙せねばならない人々の物語だった。脚本の書き直しが簡単な作業でなかったことはたやすく想像できるが、あるときコールは「これは深い悲しみを描く“水の映画”なのだ」と悟ったという。クーグラー監督もこう語る。

「深い悲しみを、人はしばしば“波にさらわれるよう”だと言います。深い悲しみは、私たちをどこかへ連れて行くこともあれば、まるでその中で溺れているように感じられることもある。ある場面で、登場人物がみな水に呑まれてしまうことも理にかなっていたのでしょう。」

映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』は2022年11月11日(金)より全国公開中

Sources: IndieWire, Entertainment Weekly

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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