【ネタバレ解説】『ブラック・ウィドウ』に見られる『007/ムーンレイカー』との共通点 ─ 黒幕の企み、主人公とヴィランとの関係性

この記事には、『ブラック・ウィドウ』のネタバレが含まれています。
『ブラック・ウィドウ』では、ノルウェーに滞在していたナターシャが、夜中に食事を取りながらひとり映画を見ている場面が登場する。ナターシャはなかば無意識で登場人物のセリフを真似ていることから、繰り返し観ていた作品なのだろう。
この映画こそ、3代目ジェームズ・ボンドで知られるロジャー・ムーアの4作目として、1979年に公開された『ムーンレイカー』なのである。イアン・フレミングの原作小説とは設定が多少異なるものの、『ムーンレイカー』では、スペースシャトル“ムーンレイカー”が何者かによって盗まれたことをきっかけに、ボンドが世界征服を目論む男との対決に挑んでいく物語が描かれた。
『ムーンレイカー』は、ナターシャが生まれる5年前に公開された作品※。劇中の2016年時点では、全24作が存在するはずの『007』シリーズで、なぜ『ムーンレイカー』が選ばれたのだろうか。そもそもどのような経緯で、制作陣は本編映像を用いてまで『007』を登場させるに至ったのか。
※ナターシャが1984年生まれであることは『アベンジャーズ』内の未公開シーンで言及されている。
監督を務めたケイト・ショートランドによれば、製作の段階から“ナターシャが『007』を観るシーン”は決まっており、どちらかといえば議論の焦点は「どの『007』作品にするか」であったという。ショートランド監督は、米Uproxxの取材で次のように話している。
「私たちはどの作品にするかを話し合ったんですが、ケヴィン・ファイギと(脚本家の)エリック・ピアソンがこの映画(『ムーンレイカー』)にするべきだと提案していたと思います。私も完璧な作品だと思いました。彼女がセリフを真似て、覚えていることがすごく好きで。」
『ブラック・ウィドウ』劇中で映し出された『ムーンレイカー』は、致死性を持つ有毒神経ガスの製造元を調査しにアマゾンへ向かったボンドが、スペースシャトル開発者を表の顔に世界征服を目論んでいたヒューゴ・ドラックスの基地で捕まってしまうシーン。ボンドは、ドラックスの部下である巨漢ジョーズに迫られ、絶体絶命のピンチに陥ってしまう。ナターシャは、ボンドのセリフを一語一句きれいに暗記していた。
この通り、『ムーンレイカー』は“ナターシャがよく観る映画”として、観客の目に触れることとなったわけだが、『ブラック・ウィドウ』のストーリーを観進めていくと、両作の間に設定上の類似点が存在していることが分かる。
黒幕の隠れ家、主人公と殺し屋との関係性
1つは、極秘計画「レッドルーム」の首謀者ドレイコフが身を潜めていたアジトの位置に関することだ。レッドルームは、地上でも、隠れ家の位置としてあるあるな地下でもなく、上空にそびえ“浮いて”おり、ドレイコフは文字通り“雲隠れ”していた。一方、『ムーンレイカー』では、地球上の人類を殲滅して新世界を作り上げようとするドラックスが、選ばれし数十組の男女を連れて、秘密裏に建造していた宇宙空間にある居住ステーションに向かう。つまりドレイコフ、ドラックスともに、人目につかない上空で悪事を企んでいたということである。
巨大要塞に隠れていたドレイコフは、野望を阻むナターシャたちの元にタスクマスターと呼ばれる暗殺者を送り込む。映画の黒幕には、タスクマスターのような右腕的存在がつきものだが、これは歴代の『007』シリーズに通ずるところでもある。『ムーンレイカー』の場合、人間離れした巨体と鋼鉄の歯で、寡黙にボンドを追い詰めるジョーズがそれだ。身長2メートル超えの俳優リチャード・キールが演じたジョーズは、実は前作『007 私を愛したスパイ』(1977)でもボンドの前に立ちはだかっている。続く『ムーンレイカー』では冒頭から姿を見せ、運転中のナターシャを急襲したタスクマスターのように、任務帰りで飛行機に乗っていたボンドを後ろから突き落とした。
ともに黒幕の部下であるタスクマスターとジョーズにも、それぞれの敵となったナターシャとボンドとの関係性について、ある共通点を見出すことができる。『ブラック・ウィドウ』では、タスクマスターの正体がドレイコフの娘アントニアであることが判明。ナターシャはかつてドレイコフを暗殺した時にアントニアも巻き添えにしたと思っていたが、ふたりとも死を免れ、アントニアはドレイコフによって暗殺者と変えられていた。最終的にアントニアはナターシャによって洗脳を解かれ、自由意志を取り戻すことができた。
他方、『私を愛したスパイ』からボンドとの因縁を持ち続けていたジョーズは、幾度にわたってしつこくボンドを追い詰めたが、『ムーンレイカー』で1人の女性と恋に落ち、心境に変化が表れる。ナターシャが観ていた『ムーンレイカー』のシーンの時点ではまだ敵側についていたジョーズは、終盤、宇宙ステーション内でボンドを助ける選択をするのだ。
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ナターシャに歩み寄るまでには至らなかったタスクマスターだが、本来の自分に戻るや、父親の行方を気にかけていた姿は、本当に大切な存在に気づいたジョーズの姿と重なる部分がある。タスクマスターの描かれ方については、Uproxxが、脚本を務めたエリック・ピアソンにジョーズからの着想の有無を迫っている。これにピアソンは「面白いですよね」とだけ回答。もっとも、ピアソンはこの後『ムーンレイカー』は「長いこと観ていない」と伝えているため、ドレイコフの要塞やナターシャとタスクマスターの関係性を描くにあたり、『ムーンレイカー』を参考にしたわけではないようだ。
偶然にしては一致する部分が多い両作だが、とあるワンシーンに関してはピアソンも重なりを認識していた模様。ナターシャが、崩れゆくレッドルームから落下した妹のエレーナを助けるため、身一つで飛び降りる場面だ。『ムーンレイカー』でもボンドが上空からパラシュート無しで飛び降りるシーンが登場する。先に記した、ジョーズがボンドを飛行機から突き落としたシーンである。ピアソンは「最終的に私たちが『ムーンレイカー』を選んだのは、パラシュート無しで飛行機から飛び降りるシーンがあったからだと思います」と認めている。

“スパイ”ナターシャにとってのジェームズ・ボンド
その後のストーリーには大きく関係しなかった『ムーンレイカー』だが、ピアソンによれば、ナターシャが映画を観ながら呟くセリフの中にカットされた言葉があったという。そのセリフを通して、ピアソンはナターシャの価値観を示したかったようだ。
「映画からあるセリフがカットされてすごく残念でした。すごく賢いアイデアだと思ったんです。アイデアとしては、世間から離れた彼女(ナターシャ)が、調達屋のメイソンと出会って、しばらく滞在しなければいけなくなるので、(ナターシャを)とっても人間らしく見せる瞬間としてエンターテイメントが必要だと思ったんです。彼女が『ジェームズ・ボンド』のDVDを揃えていたら面白いと思いましたね。
カットされたセリフはとても重要でした。“本当の主婦たちが『The Real Housewives』※をどれだけ本気で観るっていうの?この(『007』の)映画はまさに私にとってそういう作品なんだから”っていう感じで、彼女にとってのボンドは、安っぽいリアリティショーだったんじゃないか?というのが面白かったんですが、カットされてしまったんです。」
※2006年より米放送がスタートしたアメリカ各地の主婦たちの生活を記録するリアリティショー。
スパイを生業にしていたナターシャにとって、『007』のジェームズ・ボンドはあくまで架空の人物。つまり、同じ立場であるとはいえ、彼女にとってのジェームズ・ボンドは娯楽でしかなかったということだろう。その後、ナターシャは奇しくもボンドのように世界を飛び回ることになり、世界征服を企む男と対峙していくことになったのだ。
なお、本作では『ムーンレイカー』のほかにも『007』を感じられるシーンがある。一例を挙げるなら、レッドルームで繰り広げられたレッド・ガーディアン/アレクセイとタスクマスターの対決シーン。それぞれのキャラクターを演じるデヴィッド・ハーバーとオルガ・キュリレンコは、ともに2008年公開の映画『007 慰めの報酬』に出演している。偶然か否かは定かでないものの、『慰めの報酬』キャスト同士のバトルとなったわけだ。ともあれ『007』を意識しながら、もう一度『ブラック・ウィドウ』を鑑賞すると、何か新たな気付きがあるかも……?
『ブラック・ウィドウ』は2021年7月8日(木)映画館 & 7月9日(金)ディズニープラス プレミア アクセス公開。※プレミア アクセスは追加支払いが必要です。
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