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【解説】『ブラックパンサー』に備えよ!ライアン・クーグラー監督作『クリード チャンプを継ぐ男』のススメ

『ブラックパンサー』とは

THE RIVER.cinemaでも何度か取り上げているマーベルコミックスのスーパーヒーロー、ブラックパンサー。マーベルスタジオによる一連の映像世界「マーベル・シネマティック・ユニバース」にも登場、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』で鮮烈なデビューを果たしました(このキャラクターに関する細かい説明は以下の記事に任せます)

https://theriver.jp/black-panther/

ブラックパンサーのシャープなボディ、超人的なアクション、謎に包まれた背景の数々に魅了されたファンも多いでしょう。そんな彼が単独で主演を務める『ブラックパンサー』が2018年2月に公開されます。まだまだ作品の詳細についてはわからないことも多いのですが、ケヴィン・ファイギがその内容を大絶賛していることから、大いに期待がもてそうです。

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若き才能 ライアン・クーグラー

この作品を監督するのが新進気鋭のクリエイター、ライアン・クーグラーです。

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彼は、一般市民の青年が警察官に射殺された実在の事件を『フルートベール駅で』で映画化し、サンダンス映画祭でヴァンガード賞を受賞するという鮮烈なデビューを果たします。これが2013年の出来事で、監督もまだ27歳でした。その才能を見込まれて2015年には『ロッキー』シリーズの第7作の監督を任され、号泣必須の激熱ヒューマンドラマ『クリード チャンプを継ぐ男』を作りあげます。正直言っていまさらロッキーかよ?と思う人も多いでしょう。しかし、主人公をロッキーの盟友アポロの息子にし、2016年の現代にふさわしい新たな風をこの歴史あるシリーズに吹き込んだ傑作を見逃すなんて非常にもったいない。そしてこの作品を見れば2年後の『ブラックパンサー』が絶対に見なければならない作品であることを確信するはずなのです。

そんなわけで今回はちょっと気が早いかもしれないけど『クリード チャンプを継ぐ男』の魅力をご紹介し、『ブラックパンサー』への気持ちを高めてもらおうと思います。ケヴィン・ファイギがべた褒めするその才能を、ぜひ堪能していただきたい。

『クリード チャンプを継ぐ男』に感じる圧倒的な”熱量”

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『クリード チャンプを継ぐ男』の核心に迫る前に、この映画の下地となっている『ロッキー』シリーズについて少し考えてみましょう。『ロッキー』は1976年に公開されたスポーツ映画。ベトナム反戦運動等の影響を強く受けたアメリカンニューシネマが主流であったアメリカの映画界を一気にひっくり返し、ふたたびこの国に「アメリカンドリーム」をもたらした作品と言えます。
どん底を這いつくばってきたイタリア系移民のロッキーがたった一度きりのチャンスをつかむべく血のにじむ努力を積み重ね、やがて報われていくさまに多くの観客が心を打たれました。なにより作中のロッキーの人生が、本作で主演・脚本を担当し、一躍有名となったシルベスタ・スタローンの人生と重なり、ひとつの大きな物語を生み出したことが映画界に新しい風を吹き込んだのです。リアルな人間の生き様と直結した愚直で熱いメッセージは多くの人を勇気づけました。この”熱量”が40年経った今でも当時そのままの鮮度を保ち、『ロッキー』を不朽の名作としているのです。

しかしながらその後製作された『ロッキー』のシリーズは第一作のようなヒューマンドラマというよりも観客受けを狙ったエンタメ路線に走ってしまい、徐々にそのクオリティを落としていくことになります。とくにファンの間でも『ロッキー4』からの3作はあまり評価が高くないという印象。といってもロッキーとアポロの熱い友情と信頼、エイドリアンへの変わらぬ愛情はシリーズを一貫したテーマとなっており、ロッキーというキャラクターを知る上では必須のテキストです。『クリード チャンプを継ぐ男』を鑑賞するには『ロッキー4』までの4作は見ておくといいでしょう。

シリーズ中盤以降は正直なところ右肩下がりだった『ロッキー』ですが、『ロッキー・ザ・ファイナル』から9年の歳月を経て再復活を果たした『クリード チャンプを継ぐ男』には第一作のような”熱気”が確かにあるのです。そしてシリーズ屈指、いや、2015年でもトップレベルの傑作となりました。それはなぜなのか。

ライアン・クーグラー監督がシリーズを現代に復活させるうえでどのようなアプローチをしたのかを念頭に考察してみようと思います。

『クリード チャンプを継ぐ男』は『ロッキー』の完璧なアップデートである

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ではライアン・クーグラー監督はいかにして『クリード チャンプを継ぐ男』の完成度を極限まで高められたのか。それは第一作『ロッキー』のエッセンスを現代社会の文脈において完璧なアップデートをしたからでしょう。

『ロッキー』シリーズで一貫して語られるのが「人生のリングは最後まで降りるな」という哲学。ロッキーのファイティングスタイルの持ち味は、いくらボコボコに殴られて顔が変形しようとも、最後まで絶対にリングの上に立ち続ける粘り強さです。彼は『ロッキー』でアポロとの試合前に「最後までリングの上に立って、俺がごろつきでないことを証明してやる」と語ります。まさしくその点なのです。だから彼は試合後、勝敗のジャッジも聞かずにエイドリアンの名を叫びます。彼にとって大事なのは試合の勝ち負けではなく、最後までリングで耐えられ続けるか否か、なんですね。

またロッキーはエイドリアンの心配を無視できずボクシングに身が入らくなったり、詐欺にあって財産をごっそり失ってしまったり(物語の都合上)何度も階段を転げ落ち、どん底を経験します。常に頂点の座にいることは許されないのです。でも彼は決してあきらめません。ロッキーは自分の居場所がリングの上にしかないことを知っています。だから身体がボロボロになっても、体力の限界を感じて引退しても、結局はリングに戻ってくる。

それは人生においても同じこと。「ここでいいや」と思って先に進むことを諦めてしまったら、もうそこに変化はありません。限界を設けてしまった時点でその人自身がとてもつまらない人間になってしまいます。人生はボクシングそのものなのです。たとえ殴られまくって身体が傷つき、鼻が曲がり目が潰れようとも、最後までリングの上に立ち続けなければならない。リングでは自分ひとりです。代わりに敵を殴ってくれる誰かなんていません。だからものすごく苦しい。けど、決して一人ではありません。ラウンドの合間ごとにサポートをしてくれるセコンドのメンバー。観客席で、テレビの画面の向こうで応援してくれる家族や友人、ファンたちがいる。様々な人に支えられながら、私たちは「人生」というリングで戦い続けるのです。

『クリード チャンプを継ぐ男』では、『ロッキー』シリーズに欠かせないこの哲学に変な加工も加えず、ただ力強く、現代のわれわれの心により切実に響く形で届けてくれます。

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まず、主人公のアドニスは決してロッキーのような貧しい暮らしをしているわけではありません。たしかに虎児としての時代もあったので、順風満帆とまではいきませんが、アポロの元妻に引き取られ、恵まれた教育環境のもと大学にも進み、サラリーマンとして不自由ない生活を送っていました。それでも彼の中に眠る「クリード」の血がうずき、亡き父が試合で戦う姿をYouTubeでみてはイメージトレーニングを重ねる、そんな生活です。やがて彼は我慢できず退職し、すべてを投げ捨てたうえでロッキーに弟子入りの志願をします。
ここに現れているのは、物質的には豊かでも、まるで人生に張り合いを感じられず、生きがいもないという現代人のゆがんだ悩みです。おそらくこうしたフィルターを通しての方が、『ロッキー』のように最底辺からスタートするよりもよっぽど切実に本作のメッセージを伝えられるのでしょう。現代人ならおそらく誰もが抱えている心のねじ曲がった部分を、観客と同じ目線からスタートすることによって、かなりリアルに抉り出していきます。

そして「人生」というリングで死闘を繰り広げるのは何もアドニスだけではありません。ここがこれまでのシリーズとは大きく異なるアプローチです。なぜならこの作品にはもうひとりの主人公、ロッキーがいるから。彼もまたアドニスとは別の立場から人生の意義について見つめ直すことになります。最愛の妻エイドリアンを失い、昔からの友だちのポーリーも失う。彼は小さな家で一人暮らし。もう人生にやるべきことはほとんど残っていなくて、後は死を待つのみだと信じ切っています。そこに盟友アポロの息子が現れる。かつての闘志を失った男はやがて大きな困難に見舞われますが、アドニスの存在によって救われることになるのです。ロッキーとアドニスには単なるしてい以上の関係を超えた疑似的な親子愛、そして互いを支えあい共に高みを目指す友情があります。ふたりの二人三脚の戦いに胸を熱くしない人などいないでしょう。

またアドニスの恋人で、将来耳が聞こえなくなることを自覚している歌手のビアンカ。それから暴力事件を起こしてしまったことで窮地に立たされアドニスを対決相手として指名することになるコンラン。誰もが苦しく先の見えない中で戦っているともいえます。しかしみんな苦しさから逃げない、真正面から向き合って最後まで戦います。これが最初に申し上げた「第一作のアップデート」であり、本作の肝と言えるでしょう。

自分を見つめなおす過程でアドニスは偉大な父の「クリード」という姓を受け継ぐことの意味を見つけ出します。そして「自分を知る」ための探求は最終的に「どう生きるか」という普遍的な着地点に行きつくのです。

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http://www.tribute.ca/movies/creed/107025/

『ブラックパンサー』への期待

ライアン・クーグラー監督はこうした奥深いヒューマンドラマを、重量感あるボクシングシーンや臨場感あふれる独特の長回しなど、印象的な演出を駆使して珠玉のエンターテイメントまで昇華させました。そして盛り上がるところはカッコいい音楽でばっちりキメる。観客を楽しませつつ、表面的なテーマにとどまらないメッセージ性をたっぷり練りこんだ『クリード チャンプを継ぐ男』は傑作だといえます。これほどまでの映画を作ってしまった彼なら『ブラックパンサー』もきっと素晴らしい映画になるはず。特に私はヒーロー映画においてカッコいい音楽の使い方は絶対条件だと信じているので(笑)、非常に大きな期待を寄せております。

みなさんも『クリード チャンプを継ぐ男』を鑑賞して『ブラックパンサー』への期待を高めましょう!

Writer

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トガワ イッペー

和洋様々なジャンルの映画を鑑賞しています。とくにMCUやDCEUなどアメコミ映画が大好き。ライター名は「ウルトラQ」のキャラクターからとりました。「ウルトラQ」は万城目君だけじゃないんです。

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