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【インタビュー】『シラノ』ピーター・ディンクレイジが体現する複雑なヒーロー像「あるときは英雄、あるときは卑怯者」 ─ 初のミュージカル映画に挑む

シラノ
© 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

演劇史に残る不朽の名作「シラノ・ド・ベルジュラック」が、現代屈指のキャスト&スタッフの手で甦る。日本を含む世界各国で愛されてきた物語を再構築したロマンティック・ミュージカル『シラノ』が、2022年2月25日(金)に全国公開となる。

タイトルロールでもある物語の主人公、シラノ・ド・ベルジュラック役を演じるのは、「ゲーム・オブ・スローンズ」(2011-2019)のティリオン・ラニスター役で知られるピーター・ディンクレイジ。『X-MEN: フューチャー&パスト』(2014)『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)などの大作から、『スリー・ビルボード』(2017)をはじめとする小・中規模の良作まで、どの作品でも豊かな存在感を示す、いまや映画界・ドラマ界に欠かせない俳優のひとりだ。

ピーターは、「容姿のコンプレックスゆえに愛を伝えられない」というシラノの人物像にどう挑んだのか。本作の基となった舞台版のエピソード、ミュージカルへの挑戦、そして「ゲーム・オブ・スローンズ」やシェイクスピア劇での経験など、あらゆる角度から“ピーター・ディンクレイジによるシラノ・ド・ベルジュラック”を紐解いた。

『シラノ』シラノ・ド・ベルジュラック役ピーター・ディンクレイジ インタビュー

──舞台でシラノ役を演じた経緯をお聞かせください。妻であり、舞台の演出を手がけたエリカ・シュミットさんのアイデアだったのでしょうか?

はい、完全にエリカのアイデアでした。僕がプロジェクトに加わったのは後からのことで、先に彼女が翻案の依頼を受けていたんです。彼女はリスキーなことをやろうとしていて、「シラノから大きな鼻をなくしてしまう」というのが最初のアイデアでした。(原作では)シラノの鼻は彼の自信と不安を表していて、全編にわたり言及されるもの。それをなくしてしまい、さらに愛についての長いモノローグも歌にしてはどうかというアイデアだったんです。

僕自身は、どちらのアイデアも現代的かつ賢明な選択だと思いました。これは僕自身の身長ゆえかもしれませんが、ハンサムな俳優がニセモノの鼻を付けて苦しみを訴え、長所と短所を演じるための支えにするというのは……。舞台を下りたら鼻を外して家に帰り、日常を送れるのだと思うと、俳優としても、人間としてもたくさんの疑問が生まれるんです。シラノは僕のためにエリカが書いた役ではありませんでしたが、僕にとっては可能性が開けたし、ぜひ演じたいと思いました。

──初めて「シラノ・ド・ベルジュラック」をご覧になったのはどの作品でしたか?

最初に観たのはジェラール・ドパルデューの『シラノ・ド・ベルジュラック』(1990)でした。ドパルデューの演技が素晴らしかったし、非常によくできていて、オリジナルのフランス語もとても美しいと思いましたね。(原作者の)エドモン・ロスタンはもともとフランス語で戯曲を書いたわけですから。映画を観たあと、ロスタンの戯曲を読みました。舞台版を生で観たことはありませんが、ケヴィン・クライン主演のニューヨークでの舞台の映像は観ています。それから、スティーヴ・マーティン主演の『愛しのロクサーヌ』(1987)はまったく解釈が違い、純粋なコメディだったので、個人的には大きな鼻が他の作品よりも効果的だと思いました。

 シラノ
© 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

──劇中には歌唱シーンもありますが、歌に抵抗はありませんでしたか?

僕はいつも、何か怖いものがあることは良い兆しだと考えているんです。おそらく役者というものは──少なくとも僕自身は──どこかで楽をしてしまうもの。自分が得意なこと、できることに固執してしまうんです。だからこそ歌を歌うとか、やったことのないものにリスクを背負って挑戦する価値はあると思う。大きなリスクを背負うことで、より素晴らしい表現が生まれるわけだから。

大切なのは、自分が才能あふれる人たちに囲まれていること。ザ・ナショナルのアーロン&ブライス・デスナーが曲を作り、マット・バーニンガーとカリン・ベッサーが詞を書いて、素晴らしい楽曲を用意してくれました。そのおかげでリラックスし、心から歌うことができたんです。誰でもひとりでいるときは最高の歌手なんですよ。家でシャワーを浴びながら好きな歌を歌っているときはね。だけど(プロとしての)問題は、きちんと心で歌えるかどうかだから。

──歌唱シーンはセットでのライブ収録だったのでしょうか?

すべてライブで収録しました。別の方法は考えられなかったですね。そもそも2~3人で歌う曲や、ひとりで歌う曲が中心なので、スケールの大きい合唱曲とか、ライブで録るとエンジニアが困るような曲はありませんでしたから。そもそも事前に収録した曲に唇を合わせるなんて、たぶん僕は爆笑しちゃうと思うんですよ。すごく恥ずかしいし、何をやってるんだって思うだろうし、80年代のミュージックビデオを思い出すはず。かなりレトロなクオリティになると思いますよ、当時はあれでも良かったんだけど。

僕はエモーショナルな曲を歌うのなら、楽曲そのものや、一緒に歌う役者たちと繋がりを持ちたいと思うんです。今回の楽曲の素晴らしいところは、きちんと物語からの連続性があること。歌を歌うために一旦停止して、歌い終わったら物語を再開するのではなく、曲と台詞が一体になっています。台詞が歌になり、曲が終わると台詞が続く……という流れをライブで収録しました。これはストーリーテリングの意味でも非常に役立ちましたね。楽曲にはいろんな要素があるので大変でしたが、エンジニアチームも素晴らしく、最高のサウンドになったと思います。

シラノ
© 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

──(THE RIVER)あなたは2004年に舞台「リチャード三世」に出演されていますが、シラノとリチャード三世には共通点があると思います。それぞれの役柄にアプローチする際にはどんな違いがありましたか。

リチャード三世はシラノと同じく、とても複雑な役どころです。どちらの内面にも矛盾があり、彼らはともに勇敢で自信もありますが、愛情や家族の問題を抱えている。リチャード三世の場合、母親との関係にはまるで自信がありません。またヒーローとしては稀有なことに、リチャード三世はアンチヒーローの主人公なのです。「リチャード三世」は彼についての舞台で、最初から最後まで彼は自分で物語を語るし、観客はつねに彼とともにある。リチャード三世もシラノも、全面的にヒーローではないところが面白いんです。人生のある側面では英雄のようだけれど、また別の側面では卑怯者のよう。俳優としてはその複雑さに魅力を感じています。リチャード三世もまた演じたいと思っているんですよ。素晴らしい作品ならば、たとえ数百年前に書かれた戯曲であっても、俳優は演じるたびに新しい発見をたくさんするものだから。

(編注:「リチャード三世」の主人公であるリチャード三世は、生まれつきの身体障害があり、容姿の醜さに苦しみながらも、その野心と政治的能力をもって手段を選ばずに国王の座を目指す。シラノ・ド・ベルジュラックとは行動の方向性が対極にある)

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──コメディが非常にお得意で、特に『ハウエルズ家のちょっとおかしなお葬式』(2007)『スリー・ビルボード』(2017)など、繊細で現実的なコメディでの演技は素晴らしいと思います。ご自身としてもコメディは演じやすいのでしょうか?

僕はコメディが大好きで、特に好きな映画はマルクス兄弟やピーター・セラーズ、ウィル・フェレルの作品などコメディばかり。「コメディとはなんぞや」「コメディとはいかなるものか」という問いの答えは幅広いものですよね。しかし、すぐさま笑えなければ失敗なのがコメディですから、その点はわかりやすい。コメディ作品に出ると、自分の演技が良かったか、成功だったかどうかがすぐにわかるのがいいんです。人を笑わせる芸術だから、全員で未知のものに挑んでいるような感じもある。大好きだし、今後も挑戦しつづけたいし、笑わせたいですね。コメディは本当に平等なもの。今のように厳しい時代には、僕たちは現実をひととき忘れるためにコメディを求めるのだと思います。

──(THE RIVER)舞台と映画でシラノ役を何度も演じる一方、「ゲーム・オブ・スローンズ」では10年近くティリオン・ラニスター役を演じてこられました。ひとつの役柄を演じ続けることは同じですが、それぞれの演技や考え方に違いはあったのでしょうか?

シラノという素晴らしい役柄を何度も深めてこられたこと、また(「ゲーム・オブ・スローンズ」で)8シーズンにわたりティリオンを演じられたことを本当にありがたく思います。どちらも役柄について学び、また成長させながら、そこに自分自身を取り入れていく作業でした。「ゲーム・オブ・スローンズ」では80時間かけてストーリーを語ったことで、80時間ぶんのティリオンをご覧いただくことができました。じっくりとキャラクターを描き、まるで人生そのもののようにゆっくりと役柄を進化させられたと思います。

一方で『シラノ』の場合は、映画を撮る前に舞台をやれたのが良かったですね。原作に親しみを持てたし、舞台の初演(2018年)はヘイリー・ベネットがロクサーヌ役だったから(今回も)すぐに通じ合えた。映画の撮影でよくあるのは、セットに来たかと思ったらすぐにキスシーンを撮るようなケースですよ。お互いをよく知らないうちから親密になるよう強要されている感じがします。その点、ヘイリーとは友達同士だし、舞台で親しくなっていたのが大きな強みでした。

シラノ
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──シチリアの風景がとても大切な映画になっていると思います。コロナ禍のシチリアで撮影された経験はいかがでしたか?

ほとんどのキャスト&スタッフにとって、この作品がパンデミック以来はじめての映画になりました。シチリアに着いた時、僕たちは物理的にも、また精神的にも飢えていたと思います。しばらく仕事がなかった人たちがようやく雇われたわけで、生活費を稼がなくてはいけない。仕事に戻れたのは素晴らしいことで、人生は続くのだし、フィルムメーカーとして芸術でやれることはあるのだなと思えました。人の心を癒す手助けをすることが、僕たちの倫理的責任。上から目線で言うのではなく、誰もが大きな重圧を受けている時代に、僕たちにはいったい何ができるのか。この映画のように、愛情や人間同士の繋がりを歌によって描くこと以外に、何かよりよいことができるのだろうかと考えました。

アメリカの大恐慌時代に、ミュージカルは人々の気持ちを明るくして人気を得ていました。今、再びそういう状況になっているのが偶然かどうかはわかりませんが、そのことにはとても励まされましたね。この映画でみなさんが自分の問題をしばし忘れ、登場人物の問題にのめり込み、歌を歌ってもらえたらうれしいです。シチリアはパンデミック初期に大きな被害が出た土地でしたが、僕らを非常に温かく迎え入れてくれました。おかげで穏やかに過ごせたし、旅をしているパフォーマーたちとも話すことができたんです。協力しよう、連帯しようという意識が強くありました。エトナ火山も素晴らしかったですよ。普通は活火山から離れようとするものですが、僕たちはむしろ山に向かっていく。それが映画づくりの精神だな、と思います。

映画『シラノ』は2022年2月25日(金)より全国公開

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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