「デアデビル:ボーン・アゲイン」に見るマーベルの「本気度」 ─ ファンの期待に応えられるか?制作をやり直してまで守りたかった精神

かつてNetflixで展開された「デアデビル」ドラマシリーズ(2015-2018)は、明らかに異質だった。もともとデアデビルが持っていたダークヒーロー的な側面を最大化させた同作は、シリアスで血生臭い空気に満ちていた。世界観はアベンジャーズたちが活躍するマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)に属する設定だったが、快活でコメディシーンも忘れない他のMCU作品とはまるで異なる、ザラザラとした作風で大人の鑑賞眼に応えた。
街には陰謀が蔓延っており、真実を暴くために戦う者は不可解な死を遂げる。悪役として登場するキングピンは、敵対者の頭が完全に潰れるまで車のドアに何度も挟んで殺す。戦闘シーンを終えると、ファイターはしたたるほどの返り血を浴びている。このドラマは常に容赦なく、闇と正義の代償を、隠すことなくハードに描いた。

ストーリーも硬派だった。昼は弁護士として正義と向き合う主人公の弁護士マット・マードックを主体に、法廷ドラマとしての描写にも正面から取り組んだ。それは、「アンチヒーローが悪人を一掃した時、その行為は殺人罪に問われるのか?」といった、あらゆるスーパーヒーロー作品も未到の領域へと踏み込むテーマも内在していた。シーズン2では荒唐無稽なジャパニーズ忍者アサシン集団に翻弄されバランスを欠いたところもあったが、その部分を除けば、これ以上に地に足のついたマーベル実写作品はないと言えるものだった。
このドラマはキャラクター権利がマーベル・スタジオに戻った後、Netflixとマーベル間で交わされていた契約上の事情をクリアして、マーベル・シネマティック・ユニバース作品に徐々に組み込まれた。主人公マット・マードックは「シー・ハルク:ザ・アトーニー」に、宿敵ウィルソン・フィスクは「ホークアイ」に登場したが、彼らは本当に旧シリーズと同一人物であるのか疑わしいほど、別人のようにライトなトーンで描かれた。コメディ要素も加わった彼らについてファンの間では、マルチバースの変異体なのではいか?とする声も漏れたほどだ。

「かなりシリアスな人生でさえも、コメディのような瞬間はあるものです」。デアデビル役のチャーリー・コックスは、「シー・ハルク」版でのキャラクター像について理解を示している。「これまでは、コミックで描かれたような陽気さを探求する機会がありませんでした」。
それはそうかもしれないが、視聴者が期待するのは、成人向けのシリアスな戦いを見せるデアデビルとキングピンたちなのだ。それこそがドラマ「デアデビル」最大のアイデンティティであったはずなのだが、実はマーベル・スタジオは一時期、これを全て放棄する方針に進もうとしていた。
2025年3月5日よりディズニープラス配信の新ドラマ「デアデビル:ボーン・アゲイン」は当初、Netflix版から作風を一新した法廷ミステリーとして構成されていた。弁護士マット・マードックの生活を深く掘り下げ、「スーパーヒーローの日常生活に時間を費やしてから、彼がスーツを着る瞬間を見せる」ような作品になろうとしていたのだ。その一方で、友人役のフォギー・ネルソン(エルデン・ヘンソン)、カレン・ペイジ(デボラ・アン・ウォール)は再登場しないとされた。

エピソード数は18話という異例の長さと共に編成されていた。情報によれば主人公のマット・マードックは、第1話~第4話の時点で、デアデビルのスーツを着用することがなかったという。

「ボーン・アゲイン」の撮影は2023年3月に開始され、半分近くまで進められたところでハリウッドの俳優組合によるストライキによって撮影を中断。その間にケヴィン・ファイギらマーベル・スタジオが完成した映像をチェックしたところ、作品として満足できる出来ではないとの判断が下された。大胆なことにスタジオは、制作チームを全員解雇し、新しい脚本家や監督を雇い直し、イチから作り変えを行っているのだ。
それまで物語はNetflix版と無縁のものとして企画されていたのだが、この改変後、旧シリーズからの続編的な性質が強調されるようになり、フォギーやカレンも晴れて再登場が決定。そもそもこの二人の友人キャラクターなしで物語を続けることは、ロンとハーマイオニー抜きで『ハリー・ポッター』を描くことと同義である。

さらに、パニッシャー役のジョン・バーンサル役や、ブルズアイことベンジャミン・“デックス”・ポインデクスターを演じたウィルソン・ベセルといった重要な脇役たちに加え、一時はなぜかリキャストされていたヴァネッサ・フィスク(キングピンの恋人)役のアイェレット・ゾラーも再登板することが発表され、物語はNetflix版シーズン3の5年後を描くことも明らかに。事実上の「シーズン4」に生まれ変わると、Netflix版でスタント・コーディネーターを務めたフィリップ・シルベラも復帰合流。ソフト・ハードともに正真正銘の続編と呼べるようになった。
なお、この出来事をきっかけとしてマーベル・スタジオはディズニープラスでのドラマ作品の製作手法を見直した。それまで不在だったショウランナーを立て、首尾一貫で統括させるという伝統的なテレビドラマ製作のあり方に則るようになったのだ。

一度は企画にゴーサインを出して撮影を進めていたにも関わらず、そして製作費が増大することも厭わずに、ファンや作品の魂が求める形に作り直したマーベル・スタジオの姿勢からは、本作への「本気度合い」が強く感じられる。マルチバース・サーガ以降、時に“粗製濫造”と批判されることもあったマーベル・スタジオにとって、外部製作によって既に一定の人気を有しているデアデビルは絶対に食い潰したくない資産であるはずだ。Netflixで展開された「デアデビル」などの「ディフェンダーズ・サーガ」はストリート・レベルの脅威に立ち向かう自警団の戦いを描いており、これはあらゆるスケールやジャンルを呑み込んで拡大を続けるマーベル・シネマティック・ユニバースに魅力ある新たな一面をもたらすものになりうる。

「マーベルは常に、そしてこれからも、”窓の向こうの世界”の反映であり続けるのです」とはスタン・リーの言葉だが、デアデビルのような地に足のついたヒーロー物語はまさにその体現者。マーベル・ユニバースの及ぶ範囲が宇宙に進出しようとも、時空を超えた異世界の戦いを始めようとも、街を悪から守るべく戦う原理的な物語の継承を絶やしてはいけない。「デアデビル:ボーン・アゲイン」をめぐる背景からは、そのようなスタジオの気概が感じられる。
「デアデビル:ボーン・アゲイン」は、2025年3月5日、ディズニープラスにて独占配信。
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