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【考察】『スパイダーマン』映画における「群衆」の変遷 ─ 911テロ直後からSNSとキャンセル・カルチャーまで

アメイジング・スパイダーマン2
© 2014 Columbia Pictures Industries, Inc. and LSC Film Corporation. All Rights Reserved. Marvel, Spider-Man and all related character names and their distinctive likenesses: ™ & © 2014 Marvel Entertainment, LLC and its subsidiaries. All Rights Reserved.

マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)最新作スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホームは、過去ふたつの『スパイダーマン』映画シリーズの礎に、新たな金字塔を打ち立てようとする意欲作だ。過去のヴィランも集結する本作の予告編映像では、スパイダーマンの正体がピーター・パーカーであり、ミステリオを暗殺した犯罪者との悪意ある情報が拡散され、ピーター・パーカーが社会的な居場所を失っている様子が描かれている。

なぜ「親愛なる隣人」は社会の敵となってしまったのか?過去のシリーズで、スパイダーマンはいつだってニューヨークと友好な関係を築いていたはずだ。そこで今回は、過去シリーズからMCUに至るまで、劇中における「ニューヨークの人々」の描かれ方の変遷について振り返りつつ、『ノー・ウェイ・ホーム』を事前考察してみよう。

同時多発テロの直後に……『スパイダーマン』橋の上の人々

最初のシリーズであるサム・ライミ版で、人々は常にスパイダーマンの味方だった。ニューヨークのために、たった一人で災害や強敵に立ち向かうこのマスクド・ヒーローを、人々は無条件に支援した。名もなき路上のバイオリニストは、あまり上手でない演奏で、スパイダーマンのテーマソングを歌った。

ライミ版における群衆がスパイダーマンを応援したのには、当時のアメリカが、9・11同時多発テロ直後にあったことに深く関係している。2002年5月に公開された『スパイダーマン』は、ティザー素材や劇中映像に、テロによって失われたワールド・トレード・センターが映っていたため変更や回収を強いられたというのは有名な話だ。プロモーション用に制作されたティザー映像では、ヘリコプターで逃走する銀行強盗をスパイダーマンのクモ糸が捕らえ、ツインタワーにクモの巣で張り付けられるという場面があったが、これは今では幻の映像となっている。また、スパイダーマンのアイレンズにツインタワーが反射したティザーポスターも回収され、本編の映像も編集せざるを得なくなった。

街の象徴と、非常に多くの尊い人命を奪われたニューヨークは2001年、失意の底にあった。そこに登場したスパイダーマンは、星条旗と同じカラーのスーツで戦う、市民の希望の星だった。テロ行為を働くヴィランのグリーンゴブリンを倒すため戦うヒーローを、劇中の市民が応援するのも当然だ。

スパイダーマン
MOTION PICTURE (C)2002 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. SPIDER-MAN CHARACTER TM AND (C)2002 MARVEL CHARACTERS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

中でも象徴的な場面がある。グリーンゴブリンがスパイダーマンの愛するMJをさらい、子供たちの乗ったモノレールのゴンドラ車両と同時に、橋から落とすクライマックスだ。「どちらを救うか選べ」と究極の決断を迫られたスパイダーマンは、どちらも救い出そうと奮闘する。自分の身体にMJをしがみつかせ、クモ糸で橋からぶら下がりながら、右手一本で子どもたちの乗ったゴンドラのワイヤーを掴んでいる。

その重量にクモ糸が耐えられず千切れそうになっていたところ、グライダーに乗ったゴブリンが突撃、パンチをお見舞いしてくる。なんとか耐え切るが、旋回したゴブリンがもう一度飛来してくる。絶対絶命の瞬間、橋の上で見守っていた市民が、手当たり次第モノを投げてゴブリンに攻撃。そこで人々はこう叫ぶのだ。

スパイダーマンを相手にするなら、ニューヨークがタダじゃおかねぇぞ!
(You mess with Spidey, you mess with New York!)」

俺たちの一人を相手にするなら、俺たち全員がタダじゃおかねぇぞ!
(You mess with one of us, you mess with all of us!)」

実はこの展開、9・11テロの後に行われた追加撮影で新たに加えられたもので、脚本にはなかったものだという。サム・ライミはこのシーンを通じて、人々の団結を示し、テロの被害者に追悼を捧げ、そして人々のテロ行為に対する断固たる思いを、フィクションの中で代弁したのではないか。

原作コミックでは、スパイダーマンの恋人グウェン・ステイシーが橋からグリーンゴブリンに落とされ死亡、これを救えなかったスパイダーマンがトラウマを植え付けられるという展開が知られる。しかし、救えなかった命をあまりにも多く失った当時のアメリカが、こうした展開を改めて受け入れられるはずがない。テロリストに立ち向かうヒーローを称え、支える群衆を描くことは辛い必然だったのだ。

(同時に『スパイダーマン』第1作は、主題歌を通じて既にヒーロー批判も行っている。人気バンド「ニッケルバック」のボーカル、チャド・クルーガーによる主題歌「Hero」では、ヒーローの存在が神同然に歌われ、「我々を救ってくれるというヒーローを、俺は待つつもりはない」「愛が世界を救うと言うが、愛が与えた世界は殺しと血にまみれているから、そんな世界はやって来ない」と、ポスト9・11の文脈を思わせるように歌っているのだ。ミュージック・ビデオでは、摩天楼を飛ぶスパイダーマンの姿が、まるで世界の終焉かのように見上げられている。改めて聴き直すと、非常に示唆に富んだ楽曲だ。閑話休題。)

「誰にも言わないよ」『スパイダーマン2』で守られたシークレット・アインデンティティ

スパイダーマン2
MOTION PICTURE (C) 2004 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. All RIGHTS RESERVED. SPIDER-MAN CHARACTER (R) & (C) 2004 MARVEL CHARACTERS, INC. All RIGHTS RESERVED.

グリーンゴブリンやドクター・オクトパスとの戦いで街のヒーローとして知られるようになっていたスパイダーマンは、『スパイダーマン2』(2004)で一時引退する。スパイダーマンを一方的に憎むデイリー・ビューグルのJ・ジョナ・ジェイムソンは、ついに害虫がいなくなったとばかりに喜ぶが、街の人々はヒーローを惜しんでいる。スパイダーマンの失踪によって犯罪率は75%も上昇したといい、「スパイダーマンはどこに?」との見出しがビューグル紙の一面を飾っている。

シリーズ史上最高の名場面とされる列車のシーンでは、ドック・オクによってブレーキが破壊された車両をスパイダーマンが力ずくで停止しようと試みる。車両の先頭に立ったスパイダーマンは両手からクモ糸を次々と発射し、左右のビル群で突っ張るようにして車両をスローダウンさせる。スパイダーマンは絶叫し、筋力の限りを尽くすと、車両は途切れたレールの終了部分ギリギリでなんとか停車。力を使い果たして気絶したスパイダーマンを、列車内の人々は頭上に持ち上げて運んでいく。

「まだほんの子供だ。息子と変わらない」と、人々は素顔のスパイダーマンをまじまじと見つめ、街を背負って戦うヒーローの若さに衝撃を覚える。目覚めたスパイダーマンは素顔が晒されていることに気付き焦るが、そこにマスクを拾った少年が現れ、「誰にも言わないよ」と手渡す。

これはライミ版『スパイダーマン』シリーズにおいて、性善説が特に愛おしく描かれた瞬間であり、後述する『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』とは真逆の描写となる。ライミ版シリーズではこのシーンの後、スパイダーマンのシークレット・アイデンティティが破られたという描写は見られないから、この列車の人々は、本当にスパイダーマンとの約束を守り続けたのだろう。デイリー・ビューグルには拾ったスパイダーマン・スーツを売りにくる男が訪れたが、スパイダーマンの正体ネタを新聞やゴシップ誌に垂れ込んだ乗客はいなかったのだ。

MCUの『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021)では、バス車両の中で格闘が始まったその瞬間から、スマホのカメラでオンライン中継を始める乗客が見られた。もしも舞台が現代なら、目を覚ましたスパイダーマンは、スマホのカメラを構えた乗客に取り込まれていることに気付いたことだろう。我々は、このシーンで列車の人々が持ち合わせていた気高き自制心を失ってしまったのだろうか?

『スパイダーマン2』はこの直後、前作での「橋の上の人々」に連なる展開を迎える。ドクター・オクトパスが列車に戻ってきたところ、スパイダーマンを取り囲んでいたうちの一人が、やや緊張気味に「俺を倒してからだ」と立ちはだかるのだ。これに続いて、「俺もだ」「私も」と周囲も加わり、スパイダーマンを支援する人々は再び連帯を示す。彼らはドック・オクのアームに手痛く押し除けられた後でも、まだスパイダーマンを守ろうとその身体を支える。このシーンをもって、スパイダーマンとニューヨークは一心同体になったのだ。

そして大スターに……『スパイダーマン3』

シリーズ最終作となった『スパイダーマン3』(2007)では、スパイダーマンの人気ぶりを劇中のあちこちで見ることができる。オープニングではニューヨークのデジタルサイネージや、ニューススタンドで売られる新聞や雑誌の表紙全てをスパイダーマンが華々しく飾っている様子が紹介される。街に現れれば拍手喝采、スパイダーマンを称えるパレードのイベントまで開催されている。

スパイダーマン3
(C) 2007 Columbia Pictures Industries,Inc.All Rights Reserved.MARVEL,and all Marvel characters including the Spider-Man,Sandman and Venom Characters TM & (C) 2007 Marvel Characters,Inc.All Rights Reserved.

映画の中盤ではブラック・スーツ・スパイダーマンが盗みを働いている疑惑の写真が世間を賑わせる。街の人々は落胆するが、エディ・ブロック(ヴェノム)によるフェイク写真であることが直ぐに判明し、デイリー・ビューグルはお詫び記事を掲出。こうした事件があってもスパイダーマンへの信頼は揺るぎないことが、映画の最後の演出を通じて観察できる。ヴェノムによるMJ誘拐とサンドマンの襲撃現場に到着したスパイダーマンを人々は拍手喝采で迎え、その戦いを固唾を呑んで見守るのだ。

スパイダーマン3
(C) 2007 Columbia Pictures Industries,Inc.All Rights Reserved.MARVEL,and all Marvel characters including the Spider-Man,Sandman and Venom Characters TM & (C) 2007 Marvel Characters,Inc.All Rights Reserved.

「信じがたい光景です……。この無残さ……耐えがたい……」。現場のTVレポーターは、サンドマンの攻撃を受けてなす術なしのスパイダーマンの様子を、心からの無念さと悲痛さを込めて伝える。「ニューヨーク市民にとって悲劇の一日になるかもしれません。スパイダーマンの終焉かもしれない」と、番組スタジオのキャスターも深刻な様子で語りかける。今度の敵は、前作までのグリーンゴブリンやドクター・オクトパスと違って、明らかに一般人が敵いそうな相手ではない。そのため今回は、人々は大人しくスパイダーマンの戦いを見届けることに終始する。それはまるでスーパーボウルを観戦するかのようで、スパイダーマンは人々にとっての大スターへと昇華していることが明示される。

ややアングラ的な『アメイジング・スパイダーマン

アメイジング・スパイダーマン
© 2012 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved. Marvel, and the names and distinctive likenesses of Spider-Man and all other Marvel characters: TM and © 2012 Marvel Entertainment, LLC & its subsidiaries. All Rights Reserved.

同時多発テロで失意にあったニューヨークを鼓舞するという使命も帯びていたライミ版スパイダーマン1作目からちょうど10年。主にデイリー・ビューグルを通じて人々のスパイダーマンへの好感をわかりやすく描いていたライミ版3部作に対して、『アメイジング・スパイダーマン』(2012)における群衆のあり方は少々控えめに取り扱われる。

殺されたベンおじさんの仇を討つため、ピーター・パーカーはマスク姿で犯人探しを兼ねた自警活動を開始。スパイダーマンはリザードが起こした橋での騒動で初めて人助けをしていたが、これがニューヨークでどのような話題を起こしていたか、映画ではほぼ描かれない。

ただし、隠れた支持者が生まれていたことが、映画の終盤でドラマティックに示される。リザードの野望を止めるためオズコープ社屋上に向かおうとするスパイダーマンのために、建材や通行止めで「道」を作る建設現場作業員や警察官が現れるのだ。

『アメイジング・スパイダーマン』1作目時点でのスパイダーマンには、ライミ版ほどの国民的な大義が込められていると認めることはできない。夜に紛れて活動することの多かった本作のスパイダーマンの存在は、一部の人々にとってクールでミステリアスな存在として受け止められている程度のようだ。ピーターはスパイダーマンのシンボルマークが、路地裏の陰にひっそり描かれているのを発見する。体育会系のフラッシュもスパイダーマンのTシャツを着て、「こいつスゲエ。女に人気だし」と憧れを口にしている。

『アメイジング・スパイダーマン2』でようやく市民の顔に

アメイジング・スパイダーマン2
© 2014 Columbia Pictures Industries, Inc. and LSC Film Corporation. All Rights Reserved. Marvel, Spider-Man and all related character names and their distinctive likenesses: ™ & © 2014 Marvel Entertainment, LLC and its subsidiaries. All Rights Reserved.

どちらかと言えばアングラ的なヒーローだった『アメイジング』のスパイダーマンについてをメディアがどう考えているかについては、2014年公開の続編冒頭でようやく紹介される。その中にはもちろん懐疑論もあれば、妙な陰謀論も聞こえてくる。おなじみデイリー・ビューグルも登場し、「スパイダー危険マン?(SPIDER-MENACE?)」と攻撃。『アメイジング』シリーズは2作目にして、「スパイダーマンと人々」の描写に着手することとなる。

エレクトロがタイムズスクエアで暴走する場面で、スパイダーマンは『スパイダーマン3』ぶりに公衆の面前での対戦を披露する。この時点まで、本シリーズの人々はスパイダーマンが信用に足る人物か判断できずにいたが、その活躍を目の当たりにしたことで、初めて「スパイダーマン」コールが起こる。エレクトロが怒りを爆発させてさらに甚大な被害をもたらすと、スパイダーマンは消防隊に混じってエレクトロを退治、その「コミュ力」でニューヨークの人々に受け入れられることになる。

アメイジング・スパイダーマン2
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映画のラストでは、ライミ版の精神を踏襲するかのような名場面が用意されている。街で大暴れするライノに向かって、スパイダーマンのコスプレ姿の少年がマスクを被って駆け寄るのだ。かつてスパイダーマンに工作を褒められたことのあるこの少年は、スパイダーマンが勇気と正義の象徴であるヒーローだということを、その小さな身体全身を使って証明しようとする。

アメイジング・スパイダーマン2
© 2014 Columbia Pictures Industries, Inc. and LSC Film Corporation. All Rights Reserved. Marvel, Spider-Man and all related character names and their distinctive likenesses: ™ & © 2014 Marvel Entertainment, LLC and its subsidiaries. All Rights Reserved.

やがて本物のスパイダーマンが街に戻ってくると、人々は喝采と共に迎え入れる。警官はスパイダーマンに署の備品であるメガホンを渡し、「善良なニューヨーク市民」の声を代弁させることを任せる。彼が来ればもう大丈夫だと、警官らはすでに勝利したような笑顔を浮かべている。

『アメイジング・スパイダーマン』シリーズは素晴らしい2部作で、独自の興奮と感動を届けてくれていることは間違いない。しかしスパイダーマンと街の人々の関係描写においては、偉大なライミ版3部作における展開を駆け足でなぞり直しただけのように見られる。そしてシリーズそのものが2作目で打ち切り終了になったことで、新たな関係描写は見られないまま、スパイダーマンはMCUへと移ることとなった。

Writer

中谷 直登
中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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