【考察】『スパイダーマン』映画における「群衆」の変遷 ─ 911テロ直後からSNSとキャンセル・カルチャーまで

MCU、アベンジャーズの一員としてのスパイダーマン
MCU版スパイダーマンにおける人々との関係性は、『アメイジング』シリーズよりもさらにさりげなく描かれてきた。MCUの世界では、すでにアベンジャーズのヒーローたちが世界的な支持を獲得しており、人々が彼らをどう考えているかについては、様々な作品で複雑に描かれている。
スパイダーマンは『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016)の騒動で、その存在がいくらか世間に知られるようになっていたと考えられるが、『スパイダーマン:ホームカミング』(2017)劇中では街で「YouTubeのスパイダーガイじゃね?」と間違えられており、まだ名前も浸透しきっていないことがわかる。

その後は『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)でのサノス戦を経て、アイアンマンやキャプテン・アメリカと並ぶ世界的なスーパーヒーローになった。『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019)ではメイおばさんが主催するホームレス支援のチャリティ・イベントにゲスト登場して拍手で迎え入れられる。しかしその後はマスコミが殺到し、アベンジャーズにまつわるあれこれを詰問される。スパイダーマンのマスコミ対応、これは過去の『スパイダーマン』映画シリーズにはなかった展開だ。
SNSとキャンセル・カルチャー時代のスパイダーマン
MCU版のデイリー・ビューグルは『ファー・フロム・ホーム』のラストでサプライズ登場し、スパイダーマンの正体を告発するという大異変を起こす。J・K・シモンズが再演したJ・ジョナ・ジェイムソンは相変わらずスパイダーマンを敵対視しており、早口でまくし立てる。
こうした怒れる姿はライミ版と変わらないが、現代では彼がフェイクニュースや政治イデオロギー分断の化身であるように見えてくるのは、時代の偶然だ。「サム・ライミ版J・ジョナ・ジェイムソンの、ちょっとやり過ぎている表現が、今ではやり過ぎだと思えないのが変な感じですよね。これは今の現実に通じていると思うんです」と、ジョン・ワッツ監督は語っている。「僕が演出で変えたのではなく、世界の方が変化したんですよ」。
デイリー・ビューグルは、ミステリオが残した偽の映像を元に、スパイダーマンが殺人犯であるというフェイクニュースを声高に叫ぶ。『ノー・ウェイ・ホーム』の予告編を観る限り、世間には「反スパイダーマン」派の人々が一定数おり、ジェイムソンのフェイクニュースが世論に強力に作用していることがわかる。タイムズ・スクエアのデジタルサイネージはピーター・パーカーを「社会の敵」とする意見広告に占拠されている。かつてのシリーズで、ここはスパイダーマンの活躍を映し出す場所だったはずだ。
フェイクニュースはどういった時に流布されるのか?政治学者の前嶋和弘によると条件は二つある。「世論的な分断の土壌」が成立していることと、ソーシャルメディアによる「フィルターバブル現象」が作用することだ。
『スパイダーマン』の場合、分断を煽っているのはジェイムソンだ。ジェイムソンは、何らかの理由からアベンジャーズやスパイダーマンを初めから快く思っておらず、別世界から現れたとされるミステリオを真のヒーローとして崇めたかもしれない。なぜならアベンジャーズたちは、『シビル・ウォー』などで描かれたように、彼ら自身が災害をもたらすマッチポンプ的な疫病神でもあるとされるからだ。現実の陰謀論者はドナルド・トランプを救世主と仰いだが、ジェイムソンにとって、ミステリオは陰謀論的な文脈で魅力的な救世主として映ったことだろう。これをスパイダーマンがドローン兵器で秘密裏に惨殺したということであれば、ジェイムソンはスーパーヒーロー陰謀論にいっそうの確信を得たはずだ。
「スパイダーマンはサイコパスだ!相応しくない能力を振りかざし、ヒーローとして成り済ましている!小僧、言っておくがお前はヒーローではないぞ!ミステリオこそがヒーローだ!お前は犯罪者だ!悪党だ!マスク姿の略奪者、危険人物だ!」 ── J・ジョナ・ジェイムソン
前嶋による2つ目の条件「フィルターバブル現象」は、個人がソーシャルメディア上で得る情報が、「自分の興味関心に合うものだけに囲まれていく」現象のことで、これによって「まるで「泡」(バブル)の中に包まれたように、特定の傾向を持つ情報だけに囲まれ、それには合致しない傾向を持つ情報は遮断」されていくといった点で問題だ。さらに「泡」の中の情報は「エコーチェンバー」と呼ばれる法則で、あたかも大多数の強力な意見であるかのように錯覚する。
「人は信じることを求めてる。今の時代、何だって信じる。」 ── ミステリオ/クエンティン・ベック
『スパイダーマン』の世界にもSNSは我々と同じように存在し、デイリー・ビューグルはTikTokアカウントも開設している。このアカウントでビューグルは、スパイダーマンにまつわるヘイトや陰謀論を提供するように呼びかけている。おそらく『スパイダーマン』の世界では、ジェイムソンが扇動するわかりやすい標語(“SPIDER-MENACE”や、予告編で見られる“PUBLIC ENEMY #1”など)を合言葉に、スパイダーマン/ピーター・パーカーを表舞台から引き摺り下ろそうといった活動が、SNSを中心に行われていることだろう。ちょうど、昨今取り沙汰されるキャンセル・カルチャーを表すように。
キャンセル・カルチャーとは、著名人の特定の発言や行動を糾弾し、その人物を社会的に排除しようとする集団的な動きのことで、マーベルはこの現象に決して無自覚ではない。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズのジェームズ・ガン監督は約10年前のツイートが発掘され一時解雇となる騒動となった。また、ガン監督ほど大々的に報じられていないものの、シュリ役のレティーシャ・ライトや、バッキー・バーンズ役のセバスチャン・スタンをめぐっても、それぞれキャンセル騒動が起こっている。
スパイダーマンがキャンセル・カルチャーの対象になるとは、ライミ版3部作の頃には考えられなかったことだ。『スパイダーマン2』の列車の乗客はスパイダーマンとの秘密を守り続けたが、『ノー・ウェイ・ホーム』の世界ではスパイダーマンの正体がいとも容易く晒された。ニューヨークには、もう『スパイダーマン3』や『アメイジング・スパイダーマン2』のようにヒーローの戦いを応援する人々はいない。いるのは、好奇の目とスマホカメラと共にピーターを追いかけ回す人々だ。スパイダーマンの失脚を望む、悪意ある人々だ。

映画は、しばしば現実世界の写し鏡となる。『ノー・ウェイ・ホーム』を通じて観察できることは、ヒーローを応援するという純粋な動機でさえ、現代的なレンズを覗いて見つめ直してみると、いとも歪んで描かれるということだ。そもそもヒーローとはいかなる側の立場にあり、何を代弁する存在なのか?前シリーズ終了からわずか8年の間に、社会がかくも複雑化したことの表れでもある。まるで絡まったクモの糸のように。
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』に期待する見どころはあまりにも多いが、人々のスパイダーマンに対する反応がどのように描かれるか、それをピーター・パーカーはどのような様子で対処するのかも重要なポイントとなる。もしも、もしも本当に過去のスパイダーマンが──、トビー・マグワイアやアンドリュー・ガーフィールドのスパイダーマンが『ノー・ウェイ・ホーム』に現れるのだとしたら、SNSとキャンセル・カルチャー時代に戦う若きスパイダーマンに、何と声をかけるのだろうか?
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は2022年1月7日公開。全ての運命が集結する。
▼ 『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の記事
参考:前嶋和弘,『トランプ政権の対外政策と日米関係』 第10章 さらに顕著になった「危機に瀕するアメリカのメディア」現象,2020
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