【インタビュー】『ビール・ストリートの恋人たち』でバリー・ジェンキンスが外在化した「移ろう意識」とは ─ オスカー監督が見据えるもの

『ムーンライト』には私の経験もたくさん含まれていますが、本作は違います。私もジェイムズ・ボールドウィンも女性ではありませんからね。本作では、役者たちに委ねている部分も大きく、役者たちがそれぞれ役につながりを感じてもらえるのが良いと考えています。役者たちから「こうした方が良い」と意見を出してもらえることも多く、そうした声にはオープンでした。
たとえばレジーナ・キング演じるシャロン(キキの母)がプエルトリコで被害者の証言を取りに行くところで、彼女がウィッグを付けるシーンがあります。原作では、ウィッグではなくショールとハットなんですね。でも、レジーナが「この歳の黒人女性だったら、これはウィッグの方が良いと思う」と提案してくれて、理由も説明してくれました。監督として、「いや、原作ではショールだからダメです」なんて言うわけにはいきませんよね。だって、私は中年の黒人女性のそういう感覚は分かりようがありませんから。監督として、そしてアーティストとして、自分の個人的な経験が及ぶのはどこまでなのか。役者(の個人的な経験)に委ねるべきなのはどこからなのか。その見極めでした。

映画の今、監督の今
── 黒人中心である『ムーンライト』が第89回アカデミー賞で作品賞に輝き、翌年には『ゲット・アウト』(2017)でジョーダン・ピールが黒人初の脚本賞を受賞しました。一方でアジア系作品では『クレイジー・リッチ!』(2018)や『search/サーチ』(2018)のヒットもあり、有色人種による作品のムーブメントが大きくなってきています。こうした状況が得られるまで、時間がかかりすぎたようにも思います。
「時間がかかりすぎた」という解釈はよろしくないでしょう。私は、今この現在から未来について考えたい。『ムーンライト』や『ドリーム(原題:Hidden Figures)』、『ゲット・アウト』は大金を稼ぎ出しました。ジョーダン・ピールのアカデミー脚本賞受賞も歴史的でした。翌年には『クレイジー・リッチ!』が大成功して、マーベル映画『ブラックパンサー』(2018)も記録的なヒットになりました。『search/サーチ』もよく話題に挙がる良い例で、インド系の監督と韓国系の主役で、低予算ながら韓国だけで2,260万ドルも稼ぎ出しています。10年前では考えられないでしょう。「そんな映画は誰も観に行かない」って無視されていたと思います。それが今や、全世界累計興行収入7,500万ドルです。
だから腹を立てるのではなく、素敵な状況になっていると喜ぶべきです。これまでの「この作品を観る人はいない」という通念が覆ったんですから。黒人やアジア系の映画がより観られるようになった。最高じゃないですか。「時間がかかりすぎた」と言うのは、怒りに任せた自己満足でしょう。それよりも、5年後、10年後のことを考えて、エネルギーを生産的なことに使いましょう。

── アカデミー賞を受賞してから、映画製作に対する意識に変化はありましたか?
いいえ、ありません。本作には登場人物が 「白人は悪魔だ」とハッキリ言うシーンがありますが、賞レースを狙うことを目的にしていたらカットしていたと思います。しかし、それは原作小説や登場人物への侮辱になってしまいますから。
もちろん、アカデミー賞への3部門ノミネートはとても栄誉なことです。『ムーンライト』の受賞では、「今やっていることをそのまま続けなさい」「結果主義にこだわるのは止めなさい」と啓示を受けたように思いました。なので、アカデミー賞受賞で特に変わったということはないです。
── 映画製作のモチベーションは何ですか?
こうして色々な方とお話できることですね(笑)。特に私は小さな街の出身で、チャンスが限られていた。映画を製作するという才能が、世界を広げてくれたように思います。こうして東京にも来られますし、人生の物語を皆さんと分かち合うことができる。実際、私はこれ(映画製作)以外のことができないんですよ(笑)。他に特技がない。トークができないから、映画を作る、みたいなね。コーヒーを淹れるのは得意なんですけどね!