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ユマ・サーマン&タランティーノ『キル・ビル』撮影事故問題の検証 ― 告発の経緯と真意、誤解はなぜ生まれたか

ユマ・サーマン&クエンティン・タランティーノ
[左]Photo by Siebbi http://www.ipernity.com/doc/siebbi/31527985 [右]Photo by Gage Skidmore https://www.flickr.com/photos/gageskidmore/19702707206/ Remixed by THE RIVER

2018年2月3日(現地時間)、米New York Times誌に一本の記事が掲載された。
「女優ユマ・サーマンが怒っている理由」と題されたその記事では、ユマが映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインから受けたセクシャル・ハラスメント(暴行未遂)について語られていたが、それ以上に映画関係者や映画ファンを驚かせたのは、クエンティン・タランティーノ監督作品『キル・ビル』(2003-2004)の撮影中に起こった自動車事故の一件だった。

撮影中、運転が苦手なユマに対してクエンティンが自動車の運転を強要し、その結果として事故が発生、ユマは現在まで後遺症の残る怪我を負ってしまった……。衝撃的な事故映像とともに告発された本件は、映画監督から俳優に対するハラスメントとして関係者からも激しい反応を呼び、クエンティンは厳しい声にさらされている。
しかし、のちにユマはInstagramにてクエンティンを擁護するコメントを発表。それに追随する形で、クエンティンも自身の考えをインタビューという形で明かしている。なぜ、ユマは『キル・ビル』撮影中の事故について語らねばならなかったのか。その真意と、記事の発表によって生まれた誤解の理由を、一連の経緯を追いながら検証していきたい

発端はNew York Times誌の記事

冒頭に記したように、『キル・ビル』撮影中に起こった自動車事故について初めて明かされたのは、米New York Times誌の記事だった。コラムニストのモーリーン・ダウド氏によって執筆された本記事では、ユマ自身の語りとともに、ハーヴェイからのハラスメントとその後の対応、そして『キル・ビル』撮影中のエピソードが紹介されている。

記事本文によれば、事故は9ヶ月にわたった撮影のうち、残り4日を残すのみとなったタイミングで起こったという。ビルへの復讐を果たすべく、ユマ演じる主人公ブライドが、車を飛ばして走っていくシーンだ。マニュアル車をオートマチック車へと改造した車輌を用いて撮影は行われたが、ユマには心配事があった。彼女は車の運転に不安があるため、スタントパーソンに運転を任せたかったのだ。ここでは、なるべく記事の本文(日本語訳は筆者)を参照していくことにしよう。

彼女(編注:ユマ)は、車の運転が不安なのでスタントパーソンにやってもらいたい、と主張したという。プロデューサー陣によれば、彼らは彼女に反対しなかったということだ。

「クエンティンが私の控室にやってきましたが、彼はノーとは聞きたくなかったんです。どんな監督でもそうなんですが」と彼女はいう。「私が時間をムダ使いしていることに彼は怒っていました。でも私は怖かったんです。彼は“車は安全だと約束する。道はまっすぐだし”と言いました。」彼は車を運転するよう彼女を説得して、こう指示したのです。「“時速64キロで走らないと髪がうまくなびかないから、もう一度やってもらうことになる”と言われましたが、私が座っていたのは死の箱(原文:deathbox)でしたね。シートは正しく入っていなかったし、道は砂利だらけで、まっすぐじゃなかったんです。」(本件についてタランティーノはコメントしていない。)

このことからユマは、そもそも撮影に使用した自動車に問題があったかもしれないと述べている。その後、ユマの運転する車はクエンティンの要求通りに砂利道を走ったあとヤシの木に衝突。ユマは事故後の様子について「ハンドルがお腹に、脚は自分の身体に挟まれていました。焼けつくような痛みで、“もうダメだ、二度と歩けない”と思いました」と語っている。New York Times誌は、ユマから提供された事故の記録映像を記事中で公開。事故で負傷した首と膝には、現在もダメージが残ったままだという。

事故後、病院から戻ったユマは車を見せるよう求め、さらにクエンティンとの争いの末に「私を殺そうとした」として告訴に踏み切っている。クエンティンはこれに激怒しているが、ユマもこれについては「当然理解できることですが、彼は私を殺そうとしていたわけではないですから」と述べている。

事故の2週間後、車と事故映像を確認するため、彼女は弁護士を通じて、ミラマックス社に出来事の要約と、訴訟を保留する旨を記した手紙を送っている。
しかしミラマックス社は、とある書類にサインするなら映像を見せると提案したのだった。それは、「(ミラマックスには)今後の負傷や被害についての因果関係はない」というものだったという。彼女はサインしなかった。

ユマによると、『キル・ビル』のプロモーション中も含めて、長らくタランティーノとは事故についての争いが続いたという。「私たちは怒鳴り合っていましたよ。なぜなら、彼が私に映像を見せてくれないから。彼は、すべて彼ら(編注:ミラマックス)が決めたことだと言っていました。」

しかし事故から15年を経て、クエンティンはユマに事故の映像を提供することで当時の“罪”を償っている。New York Times誌を通じて事故の事実が明らかになったのも、クエンティンが事故の映像を最終的には提供したからだった。ユマは事故後の対応について、このようにも語っている。

「事故の後、彼らの私に対する態度が変わりました」と彼女は言う。「私はクリエイティブな貢献者・パフォーマーから、壊れた道具のようになってしまったんです。」

ユマ・サーマン、Instagramにて声明を発表

New York Timesの記事が発表されたのち、『キル・ビル』撮影中に起こった自動車事故の一件は、業界関係者や映画ファンの間でたちまち問題視された。クエンティンが自動車の運転を強要した、その結果として事故が発生したとして厳しく批判する声が多数寄せられたのである(その中には、本件には直接関係ない過去の発言や問題を引き合いに出す者もあった)。ジェシカ・チャステインやジャド・アパトー、アーシア・アルジェントら著名人がクエンティンを批判したことも話題となった。

そんな中、告発の張本人であるユマがInstagramにて声明を発表している。事故映像の一部を掲載するとともに、ユマはクエンティンを擁護するコメントを残し、その一方、名指しでプロデューサー陣を批判したのだった。

i post this clip to memorialize it’s full exposure in the nyt by Maureen Dowd. the circumstances of this event were negligent to the point of criminality. i do not believe though with malicious intent. Quentin Tarantino, was deeply regretful and remains remorseful about this sorry event, and gave me the footage years later so i could expose it and let it see the light of day, regardless of it most likely being an event for which justice will never be possible. he also did so with full knowledge it could cause him personal harm, and i am proud of him for doing the right thing and for his courage. THE COVER UP after the fact is UNFORGIVABLE. for this i hold Lawrence Bender, E. Bennett Walsh, and the notorious Harvey Weinstein solely responsible. they lied, destroyed evidence, and continue to lie about the permanent harm they caused and then chose to suppress. the cover up did have malicious intent, and shame on these three for all eternity. CAA never sent anyone to Mexico. i hope they look after other clients more respectfully if they in fact want to do the job for which they take money with any decency.

Uma Thurmanさん(@ithurman)がシェアした投稿 –

「モーリーン・ダウド氏によってNew York Times誌ですべて公表できたことを記念して、この映像を投稿します。この出来事の背景にあったのは、犯罪といっていいほどの怠慢でした。ただし、そこに悪意があったとは思いません。
クエンティン・タランティーノは、この苦しい出来事について非常に悲しんでおり、現在も後悔しています。そして、年月を経てこの映像を提供してくれました。だから私は、正義の決して存在しえないような出来事であっても、事件を公表し、すべてを白日の下にさらすことができたのです。また彼は、このことが自分にとって個人的な痛手となることもきちんと理解していました。彼が正しいことをしてくれたこと、その勇気を誇りに思います。
事故の後に行われた隠蔽は、絶対に許すことができないものです。この件について、私は、ローレンス・ベンダー、E・ベネット・ウォルシュ、そして悪評高いハーヴェイ・ワインスタインに大きな責任があると考えています。彼らは嘘をつき、証拠を抹消し、自らが生んだ不治の痛みについて嘘をつき続け、さらに事実をもみ消すことを選びました。隠蔽は悪意あるものであり、彼ら3人は永遠に恥を知るべきです。
CAA(編注:ユマの所属していたエージェンシー)は、(事故現場となった)メキシコへ誰ひとり派遣しませんでした。良識をもってお金をもらう、そんな仕事がしたいと思うのならば、ほかのクライアントにはもっと敬意をもって接することを願います。」

ここでユマは、クエンティンが映像の提供者であることを再度明らかにして、自動車事故の一因を担ったことは深く追及せず、その責任を問わない意思を語っている。むしろ明らかにされているのは、ユマが事故を公表したことの真意が、プロデューサー陣による事実の隠蔽を告発する方にこそあったということだ。これは、タランティーノのハラスメントを告発するようにして記されたNew York Timesの記事からは察しづらいものだろう。なにせ同記事の文中において、問題のプロデューサー陣は「ユマに反対しなかった」側の人物として登場しているからである。なぜ、こんなことになってしまったのか……。

クエンティン・タランティーノによる釈明、そして手がかり

ユマの声明を追うようにして、米Deadline誌はクエンティンへのロング・インタビュー記事を掲載している。そこでクエンティン本人が語ったのは、事故当時の様子や記事発表までの経緯、そして現在のユマとの関係だった。

まず明らかにしておきたいのは、クエンティンが、New York Times誌の記事が出ることを事前に知っていたということだ。クエンティンは該当記事について、「ユマと僕は長い間その話をして、彼女がどうやって進めるかを決めました。[中略]つまり、ユマには事実の隠蔽で告訴したい人たちがいた。僕の仕事は、モーリーン・ダウドのインタビューを受けて、ユマの主張を証明することだったんです」と述べている。しかし、なぜかクエンティンとモーリーン氏は一度も会っていないという。

また事故映像の公開を決意した理由について、クエンティンは「僕は事故の時に何が起こったのかを正確には知りません。ユマも何が起こっていたのか正確に知らないんです。彼女は彼女なりに、僕には僕なりに相手を疑っていました。ですから、この映像を彼女に渡して、彼女が世界に公開してくれれば、事故の専門家が、その時何が起こっていたのかを正しく究明してくれると思ったんです」と述べている。

そして事故当時、ユマに“運転を強要する”までの様子を、クエンティンは彼なりの視点で振り返った。

「プロダクション・マネージャーのベネット・ウォルシュから、ユマが運転のショットをやることを不安がっていると聞きました。誰もその撮影をスタント・シーンだとは思っていなかった。ただの運転であって、スタントだとは思っていなかったんです。たぶん(スタントパーソンが)いるべきだったんですが、いなかったんですね。その話を聞いて、僕は呆れ返って、イライラしましたよ。でも激怒したり、怒り狂ってはいなかったと思います。でもユマの控室に行って、車に乗れと怒鳴ることはしませんでした。このショットのためだけに、ミッション車をオートマチック車に変えて予算を使ったことを考えていましたね。ユマを知っている人なら、控室で怒鳴りつけても、彼女に何かをやってもらえたりしないことはわかっています。」

その代わりにクエンティンが選んだのは、実際の道路を自ら走ることだったという。「ユマの運転があてにならないのは知っていた」という監督自身が、ユマでも簡単かつ安全に撮影できることを願って、実際に運転をテストしてみたというのだ。

「大丈夫だと思いました。道はまっすぐで、変なくぼみやへこみはないし、S字カーブが隠れていることもないって。[中略]それからユマの控室に行きました。僕は全然怒ってなくて、笑ってたと思いますよ。“ユマ、大丈夫。完璧にやれる、まっすぐな道だから。まず車に乗って、運転して、それだけでいい”って。[中略]ユマの反応は“オーケー”でした。彼女は僕を信じてくれたんです。大丈夫、道はまっすぐだ、安全だ、と言いました。でもそうじゃなかった、僕が間違っていたんです。車に乗ることを強制してはいません。彼女は僕を信じて、車に乗ってくれたんです。」

ここでクエンティンは、一定の速度で車を走らせる必要があったことを認めつつ、車輌そのものに異常があったことは聞かされていない、実際どうだったのかもわからない、と述べている。しかし想定外だったのは、撮影の直前に、照明の都合によって道路を予定の逆方向に走ることが決まったことだった。「まっすぐな道はまっすぐな道」だと思い込んだまま、クエンティンは実際の道を確認することなく走行ルートを変更してしまったという。

こうして起こってしまった事故について、クエンティンは「僕のキャリアどころではない、僕の人生で一番の後悔」だと語っている。事故後、ユマとクエンティンの関係性には数年間にわたって影響が生じ、信頼は失われてしまったという。「ただの運転シーンだと思っていたもので、危うく彼女を死なせてしまうところでした。」

ユマが告発の目的としている事実の隠蔽について、クエンティンは自身の関与を否定。事故については保険をめぐる問題になったようで、ミラマックス社が対応にあたったという。事故の公表についてミラから打診があったのは2018年に入ってからで、事実を明らかにすべきだというユマの提案にクエンティンが応じたことから、事故映像が探し出されたのだそうだ。

「ユマは、彼ら(編注:ミラマックス社)が彼女に映像を見せないことを僕が容認していたのだと思っていました。僕の方は、何が起こっていたのかすべてを知らなかったんです。事故映像を彼女に見せていないことは知っていましたが、僕も事実を隠蔽しようとしていると思われていたとは知らなくて。映像を見せてもらえないんだ、としか言われていなかったんですよ。」

クエンティンは『キル・ビル』の撮影中、ユマを「これ以上なく信頼していた」と話している。「お互いの人生で最も親しい人」だという二人は、記事が発表された後、現在は良い関係にあるそうだ。

「ユマは(記事の発表後)僕への怒りが噴き出していることに動揺していました。モーリーン・ダウドと話さなかったことを非難されましたよ、僕自身の失敗だって。[中略]僕への批判が起こったことに、心の準備ができていなかったようです。」

ユマによるInstagramでの声明、そしてクエンティンの言葉からは、二人が明らかな意思をもって事故を公表したことが確かなものとして浮かびあがってくる。Deadline誌のインタビュアーから、「記事で触れられていない人たちがいますよね?」と問われたクエンティンは、このように語っているのだった。

「記事を読んで、ほかの人たちは弁護士を付けたんだと思いました。だから、彼らは名前を出すことさえ許されなかったんでしょう。そして、ほとんどモーリーン・ダウドの文章によって、僕が批判され、耐えることになった。[中略]ユマがInstagramで、彼女が原因だと思っている人々、ハーヴェイ、ローレンス、ベネットを非難しましたよね。彼らは弁護士を付けて、記事で名前を出されることから自分を守ってるんだと思います。ユマがローレンスについて何を言おうとも、New York Timesが編集したんですよ。」

むろんここで述べられているのは、すべてユマ、クエンティン、そしてモーリーン氏、それぞれの視点と主張によるものだ。すなわち、『キル・ビル』の撮影中に起こった事故の真相は未だわからないままなのである。ひとつだけ確かそうなのは、これほど大きな出来事があったにもかかわらず、ユマとクエンティンの関係が損なわれていないということ、ただそれだけなのだ。そして映画の撮影現場では、時として危険な内容の撮影が強行されてしまうということ……。

なお本件について、New York Times誌は記事や取材内容、編集のあり方などについて、一切コメントを発表していない(2018年2月7日時点)。

[続報 2018年2月8日19:55]
ユマ・サーマンの告発を受けて、映画プロデューサーのローレンス・ベンダー氏が声明を発表した。詳しくはこちらの記事をご覧いただきたい。

Sources: https://www.nytimes.com/2018/02/03/opinion/sunday/this-is-why-uma-thurman-is-angry.html
http://collider.com/quentin-tarantino-kill-bill-car-crash/
http://deadline.com/2018/02/quentin-tarantino-uma-thurman-harvey-weinstein-kill-bill-car-crash-new-york-times-1202278988/
Eyecatch Image:
[Left]Photo by Siebbi http://www.ipernity.com/doc/siebbi/31527985
[Right]Photo by Gage Skidmore https://www.flickr.com/photos/gageskidmore/19702707206/
Remixed by THE RIVER

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。