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『トップガン マーヴェリック』飛行体験をしたら失神スレスレで地獄を見た話 ─ 米サンディエゴで出演者と同じ本物フライトに行ってみた

過酷!地獄のドッグファイト

「よし!じゃぁちょっと操縦してみるか?」

自ら操縦桿を握り、この飛行機を操縦する時間になった。「操縦桿を動かすときは、優しく、優しくだ。力みすぎないように。じゃあ、右に」。

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指示を受けて操縦桿を左に傾けると、機体も左に傾く。「次は、左」。左に傾けると、機体は左に傾く。至極シンプルな操作ではあるが、今この機体が自分の思うように動くことに感動を覚える。同時に、機体を傾ければ、己の三半規管にもその分の乱れが生じるということである。あまりにも不慣れな自分にとって、機体の動作とはすなわち自身の体力ゲージを犠牲にするものなのだと思い知る。

なんとか機体の方向を調整して、Lawの機体後方につけた。おそらく今は練習タイムのようなもので、Law機はブレなく直進飛行している。トリガーを引くんだとサブゼロ。引いてみると、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、と空(から)の連写音が聞こえた。どうやら仮想弾が命中したらしく、Law機後方から煙が一直線に噴き出したのが見える。

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続いてサブゼロが機体の操縦権を取り、両機はドッグファイト開始のための配置に移動を始めた。そのために機体は左右に揺れ、平衡感覚はこの頃までに既に壊死状態となった。程なくしてサブゼロから「よし、ドッグファイト・ラウンド1の準備はいいか?」との通信が入る。「オーケイ!」と元気よく答える。実際のところ、準備は全然よくない。

「スリー、ツー、ワン、行け!君が操縦するんだ!」

操縦権が完全に自分に移った。先ほどとは高度も違うせいか、あるいはサブゼロがサポートを完全に切ったためか、まるでポカーンと空に放り投げられたような感覚だ。「引き揚げろ」とか、「9時の方向だ」とか聞こえるのだが、まず機体を水平に保つことに苦労する。あらゆる重みを、操縦桿に感じる。

これはシミュレーションゲームではなく、実際にフィジカルを使っての飛行なのだ。機体が左に傾いていれば、右に傾けて修正すれば良い。冷静に考えればただそれだけのことなのだが、既に平衡感覚は麻痺しており、機体を新たに動かすことは、己の感覚に新たなダメージを蓄積させることを意味する。

機体の上下運動は、最も「G」が発生する動きである。操縦桿を上下に動かすだけで、ビル数回分相当の高度をものの数秒で移動することとなる。まるで、巨大な赤ん坊が超高層ビルのエレベーターをいたずらに上下に振り乱すようなものだ。その中で椅子に括り付けられていると想像して欲しい。

映画『トップガン マーヴェリック』を観ている限りでは決してわからなかったことがある。それは飛行機内で激しい「G」を受けると、自分の身体に何が起こるのかということだ。人間の体は約60%が水だという。そして表皮にはいくつもの汗腺がある。つまり水をたっぷり含んだスポンジのようなものだ。スポンジをギュッと押しつぶすとどうなるか?ジュワリと水が染み出してくる。それと全く同じことが、「G」を受けた身体に起こる。

体内の水分が汗となって激しく噴出する。頭から脚まで漏れなく溢れ出て、着ていたシャツはぐっしょりと湿る。加えて、無意識に涙もダラダラと流れ出る。これがトップガン・パイロットたちの人体に起こっていた反応の一つなのだ。

もっとも、その瞬間の僕は、それが冷や汗なのかなんなのか、混乱のあまりわからなかった。涙も頬を伝い始めると、ともかく自分の身体が極限状態にあるとますます思い込んでしまう。そんな状況をよそに、後ろのサブゼロは「よーし!ラウンド2に行くぞ!」と絶好調だ。こちとら息も絶え絶えに「おーけい、れっつごー」とやせ我慢である。

機体が傾く度、スポンジになった身体から水分と共に生気までもが染み出していく。いよいよ、視界に黒いモヤがかかり始めてきた。ひどい立ちくらみや深刻な貧血を起こした時のように、黒い砂嵐が視界の淵を徐々に覆い、次第に中央へと広がっていく。相手機の位置を実況するサブゼロの通信音声は、脳まで届かずに宙に舞って消えていく。

操縦桿を握る手が痺れ、続いて顔面が痺れた。頬が強張り、表情を動かすことができない。「い」の口がへばりついたまま、言う事を聞かなくなった。苦しい。指が動いてくれない。目が見えにくい。呼吸が乱れる。苦しい。苦しい。青空って、こんなに凶暴な色をしていたか。

『トップガン マーヴェリック』の劇中、パイロットたちが任務の途中で激しいGを受け、ブラックアウトしかける描写があった。あのシーンが本物だったことを思い知る。スクリーンが暗くなる演出、あれは過度なGを受けたパイロットの視界をそのまま映像化したものだったのだ。

もう、操縦権が今自分にあるのかどうかも分からない状況だった。上下左右に振り乱れるコックピット内で、まるで意識が慣性の法則を受けてはるか後方に引きずられ落下するように、僕はいよいよ意識を失いつつあった。視界には砂嵐がかかったままだ。

「よーし、ラウンド3だ!レッツゴー!」

地獄だった。操縦権は自分に移ったが、今は1ミリとてこの機体を揺らしたくない。僕はドッグファイトを放棄した。機体を水平に保ちながら、呼吸を整えることに、もう搾りカスしか残っていない集中力を費やした。これが、こんなに辛いことが、トップガン・パイロットたちが耐え抜いた試練なのか。

搭乗時、空の恐ろしさをまだ何もわかっていない頃の自分が「使わないようにしたいですね」と笑ったエチケット袋が、まるで初詣の大凶みくじのように結ばれている。もう、吐いてしまえ。悪いことじゃないはずだ。ジェリー・ブラッカイマーが来日記者会見で、『トップガン』1作目の撮影の時、トム以外は全員機中で吐いたから映像が使い物にならなかったと語っていたことを、この時鮮明に思い出した。『トップガン マーヴェリック』の撮影でも、フェニックス役モニカ・バルバロ以外の若手キャストは全員吐いたという。あの屈強なハングマン役グレン・パウエルも、勇敢なルースター役マイルズ・テラーも、みんなみんな耐えきれなくなって吐いたのだ。僕が吐いたっていいじゃないか。

サブゼロにはマイクを通じて「気分が悪い」「ひどく疲労した」と伝えているものの、その深刻さまでは伝わっていないようだ。高速で2回転・3回転させる曲芸飛行は続く。もう、縦回転か横回転かも分からない。上下の感覚を完全に失っている胃液が体内で氾濫し、胸元に駆け上がってくる。もうダメだ。ついに大凶みくじをほどいた。

横一線に引きつった口元に袋をあてがい、必死にえずいた。結局、これほど吐き気があるにもかかわらず、飛行中に実際に吐くことはなかった。後から思えば、多量の汗(と涙)で身体が乾燥しきっていたからなのかもしれない。あるいは、カメラの前で吐くものかという最後の自意識が、かろうじて残っていたのかもしれない。

苦痛に悶えながらしばらく飛行したのち、基地に帰ろうというサブゼロの声を認識した。良かった。やっと終わる。やっと地上に降りて、重力を感じられる。助かったんだ。

この頃までに、コックピットから広がるサンディエゴの雄大なパノラマ景色は、既にその色彩を欠いていた。なんの貴重さも新鮮味も感じられない。まるで、毎日目にしているパソコンのデスクトップ画像と変わらない。

とにかく、過酷な耐G試練がようやく終わる。少しずつ地上が近づいてくる。あぁ、愛しの地面。一刻も早く、あの陸に還りたい。寝そべって、地に抱きしめられたい。青空はいつも美しいが、空を飛ぶことは、少なくとも僕にとって恐ろしいことだった。Gは魔物であり、悪夢である。トム・クルーズは、一体どうやってこれを手懐けたのだろう。

機体は緩やかに高度を下げ、旋回しながら滑走路へと降り立った。わずか20分前、離陸時にあったみずみずしい活力と興奮はすっかり大空に蒸発し、今あるのは硬直した顔面に汗でへばりついた髪と酷い吐き気だった。やっとの思いでたどり着いた地上だが、平衡感覚はまだシェイクされたままごちゃ混ぜになっている。滑走路を走りながら、なかなか激しかったろ?とサブゼロ。「よく頑張ったな!激しかったってのはジョークじゃないぞ。君は6Gを出したんだ」。

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6G?マジかよ?ってことはつまり、体重70キロ×6=420キロほどの負荷を受けていたってことか?『トップガン マーヴェリック』のプロモーションで、キャストたちが撮影時に7G前後の負荷に耐えていたとの偉業があちこちで語られていたが、それとほぼ同等のGを受けたということだ。おいおい、そりゃキツいはずだぜ。なーにが「君たちが受けるGはコンフォート・ゾーン」だよ。デンジャー・ゾーンじゃねぇか!

滑走路の機体は速度を緩め、ようやく元の建物に到着した。ハッチが開くと、スタッフたちが拍手で讃えてくれる。固まったままの顔で、なんとか答える。驚くべきことに、同時に帰着したLawは全く平気な様子だ。まるで湖畔のサイクリングから帰ってきたくらいの快活さで、カメラに向かって楽しそうに感想を話している。おいLaw、君の三半規管は一体どうなってるんだ?

サブゼロに身体を引っ張り上げられ、ついに地上に降りた。地上こそ、本来僕たちが属するべき場所だ!パラシュートを外すと、我が身体は干からびたスポンジになっていた。カメラの前でサブゼロとハイファイをしたが、正直腕をあげるのもやっとだ。そのまま身体が崩壊するのに任せて、地面に倒れ込んだ。キツい、キツい、キツい。

Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。