『アバター』とマーベル映画の決定的な違いは「シリーズを通じたヴィランの進化」の有無とジェームズ・キャメロン

スーパーヒーロー映画/コミック映画を好意的に捉えていない映画監督陣の意見を度々耳にするが、超巨編『アバター』シリーズを手がけるジェームズ・キャメロンもその一人だ。映画作りに徹底的なこだわりを貫くキャメロンいわく、『アバター』とスーパーヒーロー映画では悪役のあり方に決定的な違いがあるそうだ。韓国の番組出演時に語っている。
第1作『アバター』(2009)が基本的にラブストーリーであったのに対し、2作目となる『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(2022)が家族の物語へとシフトしたことについて、今後どのようにキャラクターを成長させ、発展いくのかとインタビュアーに問われたキャメロン。「ただ若い人たちにバトンを渡しているわけではなくて、家族全体があらゆる危機を通じて前に進むさまを描いています」と前置きした上で、全てのキャラクターが3作目以降で成長していき、多くの変化が生じ、それぞれの関係性も複雑になっていくと言及している。観衆はキャラクターの中にある複雑さを、彼らの人生がいかに発展していくのかを見たいのではないか、というのがキャメロンの持論だ。
「『アバター』は作品ごとに新たなヴィランが登場するスーパーヒーローものではないんです。でしょう?シリーズ全体を通して1人の敵対者がいる。で、そこに新たな敵役が登場していったとき、彼がどう進化していくのかが非常に面白いわけです。敵が増えて、味方が増えて、というね。」
確かに『アバター』シリーズはスティーヴン・ラング演じるマイルズ・クオリッチ大佐役が絶対的なヴィランとして登場し続けることになりそうだ。一方でマーベル・シネマティック・ユニバース作品では、基本的に各作品ごとに異なるヴィランと戦っている。インフィニティ・サーガではラスボス、サノスが君臨したが打破され、今後はカーンという新ヴィランが台頭。時期や作品によって、戦う相手が様々に変化するのが特徴的だ。
以前より、スーパーヒーロー映画を支持しない意向を表明してきたキャメロン。「ひたすら街が壊されていくことは、私が考える壮大な映画ではない」と大作映画のあり方に疑問を呈し、「全員が大学生みたい」だとキャラクターの描写についても批判している。『アベンジャーズ/エンドゲーム』が『タイタニック』の興収を破った時には祝福のメッセージも送っていたが、MCU作品とは哲学を異にしているようだ。
『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』は公開中。
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Source:Comicbook.com





























