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【最速レビュー】『ドクター・ストレンジ』という合法ドラッグ映画は、ヒーローアクションの定義を永遠に変えた【ネタバレ無し】

2016年11月4日、全米でマーベル映画『ドクター・ストレンジ』が一般公開となった。日本では2017年1月27日とかなり時間が空いてしまうが、日本のファンにもいち早く本編映像をということで、東京と大阪の2館のTOHOシネマズでファン限定の日本最速試写会が開催された。

筆者は幸運にも、大阪での試写会に参加させていただくことができた。そこで『ドクター・ストレンジ』全編を鑑賞させていただいたので、その興奮と感動をレビューにしてお伝えしたい。

もちろん、一般公開前ということでネタバレは含んでいないのでご安心いただきたい。

全観客を高次元世界へ誘う超幻視体験

『ドクター・ストレンジ』の最大の魅力といえば、何と言っても圧倒的迫力を持つ、全く新しい映像体験だろう。もはや、あれを『映像』という一言で呼ぶことすらもはばかられるほどである。

高次元世界へのチケット

あなたが本やマンガを読むときのことを想像してほしい。紙に書かれた物語は、あなたの意志によって時間の流れを自由に变化させることができる。あるページで停止することもできるし、パラパラとめくって話を進めることもできる。20ページ前に登場した人物が気になったら、物語を自在に巻き戻すことができる。

しかし、本やマンガの登場人物たちは、読者によって時の流れの順序や速さを支配されていることを知らない。何故ならば、彼らが二次元の世界の住人だからである。二次元の世界に住まうキャラクターたちは、私たち三次元の世界の住人の存在を知覚することができない。
同時に、三次元世界の我々は、二次元世界を自在に生み出し、コントロールし、そして終わらせることもできる。

ではもし、我々が認知しえない、四次元の世界が存在していたら?その高次元世界にも意識や生命体が存在しており、まるで私たちが退屈な本のページをパラパラとめくるように、この世界をコントロールしているとしたら?

数千年に渡る人類の文明のなかで、どうやら四次元の世界というものは存在するかもしれないということがわかってきた。この歴史の中で、次元の境界線を超え、高次元の色とりどりの世界を断片的に垣間見てきた人物はたくさんいる。たとえば、マイケル・ジャクソンがそうだ。

マイケル・ジャクソンは時代を超越する力を持つ魔法を、ただ音楽というフォーマットに変換していただけである。1993年、児童性的虐待疑惑にかけられた裁判の渦中、マイケルはインタビューで自身の作曲メソッドについてこう語っている。

「音楽が僕の所にやってくるんだ。僕はその”源”にすぎない。とても美しくて、スピリチュアルなんだ。まるで木の前に立ち、落ちてくる木の葉に手を伸ばし 受け取るような感覚だ。」

マイケルには高次元世界にアクセスできる”能力者”であったと言える。我々が知りもしない世界に結界の窓を開け、手をのばすとヒラヒラと魔法めいた木の葉が落ちてくる。彼はただそれをこの鬱屈とした三次元世界に持ち帰り、メロディという言語で解釈していただけなのだ。

同じく、スティーブ・ジョブズも高次元世界に流れる永遠の時の中に戯れた人間の1人だ。最も、彼の場合そのアクセスチケットはLSDであったが。

ジョブズの自伝小説と映画でも語られている有名なエピソードだが、彼はLSDの摂取で得た幻覚体験を「人生最高の経験のひとつ」であると回顧していた。iPod、iPhoneにMacといった現代最高の発明を遺したジョブズは、「自分はドラッグ無しでは成功できなかった、仕事の重要な部分はLSDなどの違法薬物のおかげだ」と豪語している。

その方法が天性のものであれ薬物による幻視であれ、偉大なる成功者は三次元と四次元の間を自在に行き来することができた。知的生命体とは、一段階上の階層次元から、これまで暮らしていた世界を見下ろすことで初めてすべてを客観視し、森羅万象の存在意義を知覚する事ができる。そこで見た風景、聴いた音、感じた風の感触を元の次元に持ち帰り、常人が考えもつかない偉大な発明を行うのだ。

できればあなたも、その高次元世界とはどのようなものかを味わってみたいだろう。しかし言うまでもなく、LSDなどの薬物は違法であり、これらを摂取することはできない。そしてマイケル・ジャクソンのような天性の能力も持っていない。
では、我々のような一般人がそのような高次元世界を体感するにはどうすればいいのか。

簡単だ。映画『ドクター・ストレンジ』の鑑賞チケットを購入し、劇場に出かけるだけでいい。

めくるめく魔法の世界へ

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「常識を捨てよ」…ソーサラー・スプリーム(=至高の魔術師)エンシェント・ワンの魔術によって、ドクター・スティーブン・ストレンジは魔術世界にトリップする。空間は歪み、伸縮し、宇宙へ投げ出されたかと思いきや、サイケデリックなアートがあなたを襲う。ようこそ、これが高次元世界だ。

『ドクター・ストレンジ』で描かれる異次元世界は、これまでのどんな映画でも表現できなかった超常的領域に達している。目がくらむほどの色彩は、世界中の絵の具をかき集めてもなお足りないだろう。無限の色彩がうごめき、体を侵し、観客の低次元な思考回路を一瞬にして断ち切り、真新しい次の銀河系へ吹き飛ばす。そこで描かれる映像は、まるドラッグでハイになってしまった魔女の脳みそから漏れ出したオイルが、マーベル世界のマルチバースを照らす太陽の光で煌々と輝いているようである。そのおどろおどろしささえ感じさせる怪しいオイルは、あなたの全身の穴という穴から侵入し、頭部に到達すると、あなたの目玉と脳の色を一瞬で虹色に染めてしまうだろう。

あなたが知らなかった芸術に弄ばれる115分

『ドクター・ストレンジ』の映像の魅力は、どう考えてもトリップ映画的なアンビエント世界の表現だけではない。ストレンジやエンシェント・ワンらがヴィランであるカエシリウスらとニューヨークの市街地で戦闘を繰り広げるシーンも画期的だ。エンシェント・ワンやカエシリウスが宙に魔法陣を描き、その風景が複雑な万華鏡のように折り重なり平衡感覚の概念を取り払った瞬間、あなたははっきりと「自分が知り得なかった別の世界が確かにある」と気づくはずだ。

『ドクター・ストレンジ』で描かれるアクション・シーンは、そう知覚させるほどの説得力を兼ねている。高次元から我々を見下ろす知られざる存在が、今自分が腰掛けている劇場を持ち上げ、ゆすり、振り、回転させ、そしてこね回しているのだと。戦闘シーンでは、空が地になり、右が左になり、あちらがこちらになる…。
いや、違う。違うのだ。『ドクター・ストレンジ』の戦闘シーンの映像は、四次元世界の感覚で三次元世界を再現したに過ぎない。だから、空とか地とか、上とか下とか、右とか左とか、あちらとかこちらとか、そんな概念で測ろうとすること自体が愚かなのかもしれない。
三次元で見たものを、二次元で再現するとそれは『絵画』になる。そして、四次元の世界を、三次元的に再現すると、『ドクター・ストレンジ』になるというわけだ。

超常世界を覗き見る体験

マーベル・シネマティック・ユニバースの良いところは、作品世界が我々の暮らす現実世界の地続き上にあると感じさせてくれるところだ。べつにDCとの比較を煽る意図は一切無いが、ゴッサム・シティなど架空の街を主な舞台とするDC作品とは違い、マーベル作品はニューヨークなど実存の世界を舞台としている。さらに今回はストレンジが劇中で「アデル」とか「ビヨンセ」とか「エミネム」とか実在のセレブの名を口にする。その瞬間観客は、この物語が今自分たちが暮らしている宇宙と同じ場所にあるのだと感じることができる。だからこそ、劇中で彼らが時空を超越する魔法の円を描き、どこでもドアのように世界を行き来する光景も、単なるファンタジーではなく「自分が知らないだけで、こういうものもある」と信じ込ませるだけの説得力を帯びてくる。もしかしたら自分の暮らす日常のどこかに、目では見えない薄いガラスの膜があり、指でひと刺しするだけでジオメトリックのひびが割れ、別の次元へ立ち入る隙間が生じるのではないかと考えさせられるのだ。

そのひびの隙間から覗く『ドクター・ストレンジ』の幻視映像では、あなたがこれまで知覚していなかった超常世界がめくるめく色彩の協奏曲で再現され、ショッキングなほどに鳴り響いている。残響音に追われ、目まいに似た感覚の中で、ストレンジたちは真顔で戦闘を繰り広げている。スクリーンの隅々まで見渡し、理解することは不可能だ。ただ口を開け、唖然としながら、頭がイカれるほどに芸術的な映像のシャワーを全身で浴びることしかできない。最高の合法ドラッグである。

ヒーローアクションの定義を変える高度な描写

これはあまり語られていないことだが、マーベル・シネマティック・ユニバースの作品は、アクション映画やヒーロー映画において、明らかに高度な次元での芸術表現を試み始めている。筆者が別の映画レビュー記事でも何度か繰り返しているように、ヒーロー映画におけるクライマックスシーンのアクションは既にマンネリしている。大都市の天空に『ゲート』が開き、宇宙とか別世界のエイリアンめいた軍隊が大量に押し寄せてきたり、大ボスが満を持して降りてきたりする。地上と空中ではヒーローたちが決死の覚悟で戦い、かろうじて勝利する。そこで期待できるのは、なぎ倒されるビル群を潜り避けながらのド迫力のアクションだろう。

だが、ヒーロー映画を観る度に世界が崩壊しかけ、救済されるサイクルをあまりにも繰り返しすぎた観客は、もっと別の戦いを観たいと感じるようになった。だから『ダークナイト』や『シビル・ウォー : キャプテン・アメリカ』などでは価値観の戦いを描き、『アントマン』は量子力学の世界での戦いを描いた。そして『ドクター・ストレンジ』では、平衡感覚と時間軸を超越した四次元世界での戦いを描いているのだ。ネタバレになるので詳細は伏せるが、ラストの戦い方は「なるほど」と唸らせた。

このように、マーベル・シネマティック・ユニバースのヒーロー映画は、ただ単に友情、努力、勝利を掲げ、殴って撃って爆発して、という領域を脱出し、もっと違う次元であったり、科学であったりといった世界での戦いを描こうとしている。そして恐ろしいことに、マーベルの連中はそのやり方を熟知しているようだ。彼らは『ユニバース』の概念の強大さをずっと昔からよく知っており、長きに渡って作品のキャラクターたちを守り、ファンがファンでいることを全力で肯定し続けてきた。彼らは、キャラクターとファンらを新しい世界にいざなおうとしている。『ドクター・ストレンジ』は、観客を収容したままその高次元へ飛び立った、純エンターテイメント作品としては最初のスペース・シャトルである。そのシャトルの小窓から見下ろす俗世界は、もはや古いモノクロ映画のように色彩を失っているかもしれない。『ドクター・ストレンジ』鑑賞後、あなたはあらゆる自然の摂理に新たな解釈を見出したような気になり、おぼつかない足取りで劇場を出て来るだろう。この映画の後に出てくるエンターテイメント映画は相当なプレッシャーであるに違いない。

ギャグとユーモア

予告編を観ると、『インセプション』や『インターステラー』のようなシリアスな作風を思い浮かべるかもしれない。しかし、そこはマーベル作品らしく、要所要所で肩の力を抜いてくれるギャグ要素も多く見られる。

主人公のスティーブン・ストレンジは傲慢で皮肉屋。どんなときも余裕ぶって冗談を飛ばしている。このキャラはトニー・スターク的でもあるが、ストレンジはもっと英国っぽい。スーツを決込み、高級時計をチラリと光らせて高級スポーツカーを走らせる彼の姿はジェームズ・ボンド的でもある。

周囲の人物もちょっと天然だったり、逆に冗談が通じなかったりする人間性がしっかり描かれており、シュールなギャグシーンもいくつか見られた。

ユーモアのセンスもたっぷりで、たとえば彼が羽織っている紅のマントは、実は『アラジン』の魔法のじゅうたんのように意志を持って動くことができる。表情もなく喋りもしないが、全身を使って感情を表現する様子がかなりキュートだ。

マーベル・シネマティック・ユニバースとして

本作は『アベンジャーズ』などと世界観を共有する『マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)』の作品であることも見逃せないポイントだろう。MCU作品ではお馴染み、エンディング途中のオマケでは、アベンジャーズからアイツが登場し、今後の展開を予期させる。ちなみに今回はエンディング途中に一回、エンディング後に一回、合計二回のオマケ映像があるので、最後まで劇場内にいるように!

『アベンジャーズ:インフィニティ・ウォー』への参戦も内定しているドクター・ストレンジは、MCUに『マルチバース(多元宇宙)』という全く新しい概念をもたらすだろう。つまり、アベンジャーズらがいる世界とは別の平行世界、パラレルワールドが存在するということを認めるものだ。原作コミックにおけるマーベル・ユニバースではこの多元宇宙の概念があり、別世界のヒーローたちとの共演などを実現してきた。

『マルチバース』については、『ドクター・ストレンジ』劇中でもさかんに言及されていた。ストレンジがMCUにマルチバースを持ち込んだらどうなるのか。これは全くもって願望の域を出ないが、たとえば制作・配給会社が異なる20世紀FOXから、ストレンジが「X-MENとかいう別世界のヒーローチームのウルヴァリンってやつを連れてきたよ」なんてことが実現する可能性もゼロではない、ということを語れるようになる(現実的にはやっぱ難しいかな)。少なくとも、このようにMCUの世界軸に豊かな幅を生み出し、これまで様々な事情で実現できなかった表現を、強引に言えば「マルチバースだから」の解釈で実現しうるほどの切り札になりうるのだ。

最も、アベンジャーズらはこれから『インフィニティ・ウォー』にてサノスとかいう全知全能のチートゴリラと戦わなければならない。今のアベンジャーズの軍力ではかすり傷一つ付けられるかも怪しいレベルなので、マルチバースの有効活用が必須になってくるだろう。

以上、『ドクター・ストレンジ』の興奮をお伝えした。試写会は2Dでの上映だったが、それでも何故か3Dで鑑賞したかのような幻想感があった。これがIMAX3Dだったらどうなってしまうのかと思うと、想像しただけで「帰ってこれなくなる」と怖気づくほどだ。

2017年1月27日以降、あなたが購入するのは『ドクター・ストレンジ』映画鑑賞チケットではない。高次元世界へアクセスできる魔法のパスポートなのである。

Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。