『オッペンハイマー』ノーラン監督、伝記映画は「ジャンルとして成立しない、それ自体が観客を惹きつけることはない」

『ダークナイト』3部作や『インターステラー』(2014)などで知られる映画監督クリストファー・ノーランの最新作『オッペンハイマー(原題)」は、“原爆の父”として知られる物理学者ロバート・オッペンハイマーの伝記映画……という紹介は、もはやあまりふさわしくないのかもしれない。ノーランいわく、伝記映画は「有用なジャンルではない」というのだ。
2023年10月11日、ノーランはプロデューサーのエマ・トーマス、『オッペンハイマー』の原作を著したカイ・バードとのパネルディスカッションに登壇。バードから伝記の脚色法について尋ねられると、自身の見解を明らかにした。
「フロイト以降の伝記には、人物の特徴が両親からの遺伝に起因していると考える傾向があります。それは、人間というものを非常に削ぎ落として考える見方だと思うのです。500~1,000ページの本であれば、人物の個性や経験のバランスを取ることもできます。(映画の)脚本に必要なシンプルさまで(要素を)圧縮し、剥ぎ取っていくと、きわめて削ぎ落としたものになる。“伝記映画”というコンセプトが、ジャンルとして全く成立しないのはこの点です。有用なジャンルではありません。」
もっともノーランは、これまでにあらゆるジャンル映画を手がけてきたフィルムメーカーでもある。自身にとって、『オッペンハイマー』もそのうちのひとつのようだが、それは“伝記映画”というジャンルではないようだ。「有用なジャンルは大好きですよ。今回の場合、マンハッタン計画には強盗映画、保安公聴会には法廷劇が当てはまります」。映画のジャンルを具体的なレベルで捉え、自身の創作に役立てるスタイルなのだ。
「こうしたジャンルの技法に注目し、いかに観客を惹きつけ、いかに観客とのコミュニケーションを生んでくれるかを考えるのはとても有益なことです。“伝記映画”というのは、ドラマの作法において特別な効果をもたたない映画に適用されるもの。『アラビアのロレンス』(1962)を伝記映画として語ることはないし、『市民ケーン』(1941)を伝記映画として語ることもありません。冒険映画、人生を描いた映画です。“ドラマ”が有用なジャンルでないのと同じで、それ自体が観客を惹きつけることはないのです。」
少なくともノーランは、『オッペンハイマー』を撮る上で強盗映画や法廷劇を参考にしたようだ。複数のジャンルを織り交ぜながら、ひとつの巨大な物語を編み上げる手腕は、まさに『ダークナイト』3部作のころに培われたもの。『オッペンハイマー』にとどまらず、ノーランのジャンル映画作家としての技巧は今後さらに洗練されていくことだろう。
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Source: Oppenheimer From Biography to Blockbuster