『ドクター・ストレンジ』エンシェント・ワン役をめぐる人種問題 ジョージ・タケイ氏が異議を唱える
第一弾予告編も公開されたマーベル映画『ドクター・ストレンジ』だが、あるキャラクターのキャスティングをめぐる人種問題において騒動が起こっている。この記事で順を追って説明しよう。
渦中のキャラクターとは、エンシェント・ワン。ドクター・ストレンジの師匠となるこの人物は、原作では500歳を超え、中国はチベット人の魔法使いとされている。コミック版ではこのような容姿だ。

実写版映画『ドクター・ストレンジ』では、このチベット人の老師エンシェント・ワンに、3つの大きな変更を施した。
まずは性別、そして人種だ。実写版では、イギリスの女優ティルダ・スウィントンが演じる。予告編でも、スキンヘッドのティルダの姿があった。
そしてもうひとつは土地の設定だ。エンシェント・ワンは原作ではチベットにいるが、映画はネパールの首都カトマンズで撮影された。
マーベル社は、メディアMashableを通じて、エンシェント・ワン役にティルダを採用した事について以下のように公表した。
「マーベルは、映画のキャスティングにおける多様性において、非常に強い記録を持っています。固定観念や元ネタにとらわれず、リアルの世界にマーベル・シネマティック・ユニバースを実現してきました。
エンシェント・ワンの名は、一人のキャラクターによって独占されるものでなく、時を超えて継がれる名前なのです。
そして今回の映画では、ケルト人がその名を継ぎます。私達の豊かで多様なキャストらと共に、このユニークで複雑なキャラクターとして、才能あふれるティルダ・スウィントンを迎え入れた事を誇らしく思います。」
マーベルとしては、チベット人のエンシェント・ワンを、ケルト人のティルダに置き換えたことを問題とは思っていないようだ。同社の説明によれば、エンシェント・ワンの名は受け継がれるものなのだという。
原作に忠実であるなら、エンシェント・ワンには中国人がキャスティングされ、中国チベットで撮影されるべきだ。しかし実際は、イギリス人女優がその役を取り、撮影も中国でなくネパールになってしまった。
これに対し、『ドクター・ストレンジ』の共同脚本家であるC Robert Cargill氏は遺憾の意を表明した。
「エンシェント・ワンは本来チベット人なんだ。チベットが”場所”の事を指していて、彼がチベット人である事をわかってやってるんなら、アンタらは”これはクソだ”と思ってる10億人を敵に回し、中国政府に“おい、世界最大の映画消費大国を知ってるのか?そんな政治的判断をするなら、我が国でこの映画を上映させないぞ”と言われるリスクを取ったんだぜ。」Cargill氏は怒りを露わにする。
これに対し、ティルダ・スウィントン本人がメディアに向けて声明を発表。
「私が受け取った脚本には、アジア人男性をフィーチャーするものではなかったので、依頼を受けた時は何も聞かれませんでした。実際に映画を観れば、全て明らかになると思います。この決断には落ち着きと確信があると感じさせる、素晴らしい理由があったのだとね。」
ここに御意見番として登場したのは、『スタートレック』のヒカル・スールー役として有名で、人権活動家としても知られる日系アメリカ人のジョージ・タケイ氏だ。

タケイ氏は自身のFacebook上で以下のように述べた。
「単刀直入に言わせてもらう。白人女優をキャスティングしておいて、アジアでのセールスには影響がない…とでも?こんな時代錯誤なキャスティングは恥だ。マーベルは、我々の事を馬鹿だと思っているのか。」
厳しい意見を投稿したジョージ・タケイ氏は、さらにこんなコメントを追記している。
「マーベルはチベット人の疑問に対し、既にネパールはカトマンズでエンシェント・ワンを撮影するという事をもってケリをつけている。(エンシェント・ワンは)もはや他国のものになったので、中国政府にとってこのキャラクターが白人だろうがアジア人だろうが関係ない。つまりこれは目くらましで、マーベルの弁明を我々が飲むと思っているあたり、無礼である。
マーベルは、白人の観客が白人の顔を観たいと思っているからティルダをキャスティングしたんだ。観客も観客だ。自分たちがどれだけマヌケで、どれだけ制作側に馬鹿にされているのか、気付いたほうがいい。」
「“彼女は女優なわけだし、この映画はフィクションだろ”と言う連中に言わせてもらおう。ハリウッドがこれまで、どれだけのアジア人の役を白人にキャスティングしてきたことか。そこに深い問題が根付いているという事を、もう我々は見過ごすわけにはいかないんだ。
もしアジアの役者達に演じる役を選択する自由があったなら、こんな議論はしなかった。でも、本来アジア人であったはずの役を、白人が演じられるように書き換えるという習慣が、長きにわたって行われ続けてきた。スクリーン上でアジア人を透明人間扱いにし、役者として採用しない。
これは極めて現実的な問題であり、決して抽象的なものではない。」
実はマーベルがチベット人設定のエンシェント・ワンを原作通りにキャスティングしなかったのは政治的意図がある。中国には『チベット問題』という民族問題があり、チベット自治区に住むチベット族と中国当局は対立関係にあたる。
チベット族への人権侵害と弾圧は今なお続いている。チベット仏教の寺院はほとんど破壊され、チベット族の指導者ダライ・ラマ14世は中国政府にとってテロリストのような立場で扱われている。
中国にとってチベット人との関係は我々が想像する以上にセンシティブな問題であり、その影響はポップカルチャーにも及んでいる。事実、2010年には大ヒット作『アバター』の2D版上映が中国で禁止され、上映館が縮小された。その理由について表向きには、中国が国をあげて制作した映画「孔子」とバッティングしたためと伝えられているが、もうひとつの理由としてアバターのストーリーが中国のチベット侵略を想起させるためだとも言われている。
『ドクター・ストレンジ』で、チベット人のエンシェント・ワンを原作そのままにヒーローの指導者として扱ってしまえば、中国政府の反感を買いかねない。世界最大の映画大国での上映が縮小ないし禁止されてしまえば、当然興行収入にも多大な影響が発生することになる。
とはいえ、チベットからネパールに変更したのはいいとして、なぜアジア人やネパール人でなく、白人女優をキャスティングしたのか、という疑問は解消されない。今年はアカデミー賞授賞式にて、黒人司会者クリス・ロックがハリウッドの人種差別を訴えたり、実写版『攻殻機動隊』の主人公 草薙素子役に白人女優のスカーレット・ヨハンソンが起用されたりと、人種問題の話題が多い。できれば避けたいこの問題だが、マーベル・シネマティック・ユニバースにも影響が現れたのは残念だ。
Source:
http://comicbook.com/2016/04/26/marvel-issues-statement-on-doctor-stranges-ancient-one-casting-c/
http://moviepilot.com/posts/3879080
http://moviepilot.com/posts/3898359
https://www.facebook.com/georgehtakei/posts/1561565090539605