キリアン・マーフィーの出演作をアツく語る記事 ─ 『オッペンハイマー』公開記念、キリアンの華麗なるフィルモグラフィ

主演作『オッペンハイマー』が劇場公開中のキリアン・マーフィー。「原爆の父」として知られる理論物理学者ロバート・オッペンハイマーの研究に対する抑えられない探求心、罪の意識や葛藤、平和への希求など様々な心情を表現し、第96回アカデミー賞主演男優賞をはじめ、各映画賞を席巻した。今日の映画界を代表する俳優の1人であるマーフィーのこれまでの出演作や作品の見どころについて、たっぷりご紹介しよう。

大学在学中に演劇を始め、故郷アイルランドやイギリスにて舞台や映画に出演したマーフィーを一躍世界的な俳優に導いたのが、ダニー・ボイル監督、アレックス・ガーランド脚本による『28日後…』(2002)だ。人間を凶暴化させるウイルスが蔓延するロンドンの街で、昏睡状態から目覚めたジム(マーフィー)は襲い掛かってくる感染者と対峙し、生き残りをかける。800万ドルと低予算ながらも、退廃的かつどこかスタイリッシュな世界観でヒットを記録した本作は、目下続編企画『28 Years Later(28年後)』として進行中。マーフィーの再演については定かではないが、エグゼクティブプロデューサーとしての関与がすでに決定している。

オランダの画家ヨハネス・フェルメールの代表作を題材とした『真珠の耳飾りの少女』(2003)では、フェルメールの家に下働きに出る主人公グリート(スカーレット・ヨハンソン)と親しくなる青年ピーターを演じた。プラトニックながらも終始官能的な空気を醸す本作の舞台は17世紀だが、長髪に帽子がトレードマークのピーターがグランジロックのミュージシャンのようにも見えるのは、マーフィー自身が10代からずっと音楽活動を行っていることも関係しているのかもしれない。年相応の素朴な雰囲気も感じられるが、マーフィー最大の魅力でもあるミステリアスな妖気は、もちろんこの頃からすでに健在だ。
『プルートで朝食を』(2005)は、クールなイメージが強いマーフィーの出演作では少し異色かもしれない。幼い頃からドレスやメーキャップに関心を持つ青年キトゥンが時代の荒波にもまれて、波乱万丈の人生を生き抜いていく物語は、1970~80年代のヒットチューンやファッションも印象的。生まれてすぐに教会の前に捨てられ、アイデンティティに揺れるキャラクターを描きながらも、決してウェットには転ばず、ポップさとヘヴィーさを行きかう絶妙な塩梅は、マーフィーがコメディセンスに長けていることをも証明している。
マーフィーのキャリアを語る上で、外せないのは何といっても、クリストファー・ノーラン監督との数々のタッグだろう。その口火を切ったのが『ダークナイト』トリロジー1作目となる『バットマン ビギンズ』(2005)でのスケアクロウ/ジョナサン・クレイン役だ。
マフィアとの繋がりを持つクレインは、犯罪者を精神異常だと診断し、アーカム・アサイラムに入院させるほか、患者に人体実験を行い、恐怖症を発症させるガスを武器に、バットマンやレイチェルを追い詰めた。『ダークナイト』(2008)のジョーカー、『ダークナイト ライジング』(2012)のベインと比較すると、力強いタイプのヴィランではないが、狡猾で非道、そして少し人間臭くもあるスケアクロウは3部作を通して、忘れ難い存在感を放っている。
実はマーフィーは『ビギンズ』でバットマン/ブルース・ウェイン役のオーディションを受けていたものの、「バットマン役を逃して良かった」と回顧している。ノーランはマーフィーの実力をワーナー・ブラザースの幹部に確かめてもらうために、バットマン役には合格しないだろうと理解した上で、マーフィーにスクリーンテストを受けさせていたのだ。ノーランの目利きの確かさや、2人のその後の相性を物語るエピソードだ。
『インセプション』(2010)では、コブ(レオナルド・ディカプリオ)やアーサー(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)のターゲットとなるロバート・フィッシャー役を演じた。死期が近い父の会社をじきに継承する有能なビジネスパーソンだが、父との確執には長く煩悶している。コブたちの「インセプション」を一筋縄にはしてくれない用意周到さもあれば、父からの承認を切望するピュアな一面もあり、御曹司にしてどこか親しみを感じさせるキャラクターだ。
『ダンケルク』(2017)で演じたのは船長ミスター・ドーソン(マーク・ライランス)と息子ピーター(トム・グリン=カーニー)に救出される英国兵。熾烈な戦争シーンや阿鼻叫喚の地獄絵図よりも、兵士を1人1人の人間、そして犠牲者として描く様子が印象的な本作で、マーフィー扮する英国兵は多くを語らずとも、表情や仕草、目線で戦場の凄惨さを物語る1人となっている。

そして、6度目となるノーラン作品の出演にして『オッペンハイマー』で、初めて主演に抜擢されたマーフィー。「世に出ている文献をすべて読むつもりです」と十分な意気込みで、オッペンハイマー役に臨み、ノーランをして、「『ダークナイト』(2008)でヒース・レジャーが演じたジョーカーを思い出した」と言わしめた。役に入り込むあまり、共演者たちとの食事会に出席することもままならず、マンハッタン計画を指揮したレズリー・グローヴス役のマット・デイモンに冗談で「最悪の食事相手」とまで言われてしまったそうだ。

マーフィーといえば、ソーシャルメディアの類は一切やらず、私生活についても必要以上に語ることはしない。ファンに写真を求められても断るのだそう。しかし、それはファン想いでないという意味ではなく、「それなら挨拶をしたり少しお喋りをするほうがいい」という理由からのようだ。よって撮影現場以外での姿は謎に包まれているが、『オッペンハイマー』の撮影期間に滞在していたホテルでは、ベッドサイドのテーブルに頭をぶつけてしまって、接着剤で固定していた珍事件を妻キティ役を演じたエミリー・ブラントから明かされており、お茶目な一面も垣間見える。
リュック・ベッソン監督『ANNA/アナ』(2019)やブラントとの共演作でもある『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』(2021)などハリウッド大作での存在感も増しているが、マーフィーはキャリア初期から一貫して、インディペンデントな意欲作に出演を続けている。
短編映画『サリー・ポッターのパーティー』(2017)は上流階級のホームパーティに集った男女7人が繰り広げる会話劇で、それぞれの思惑や本音が交錯するブラックコメディ。パトリシア・クラークソンやブルーノ・ガンツ、ティモシー・スポールといった超ベテラン勢の中では比較的若手のマーフィーはドラッグ依存症の金融マン、トムを演じ、どこに着地するか分からない展開の中、コメディリリーフ的な役割を果たしている。
また、『All Of This Unreal Time(原題)』(2021)は夜の街を歩くマーフィーがひたすら感謝と謝罪を語るショートフィルム。いち個人から地球規模まで、あらゆる罪に言及するモノローグは観念的かつ哲学的でもあるが、マーフィーの冴えわたる発声や活舌は、彼が演劇出身ということがよく分かる。シンプルで短尺ながらも没入感ある作品なので、ぜひヘッドホンなどで楽しんでみてほしい。
アイルランド人として初めてオスカーに輝いたマーフィーは今後の出演作も目白押し。自身の主演したTVシリーズ「ピーキー・ブラインダーズ」の監督ティム・ミーランツがメガホンを取る「Small Things Like These(原題)」がベルリン国際映画祭にてプレミア上映されたほか、ユニバーサル・ピクチャーズ製作の新作スリラーの主演・製作も決定したばかり。『オッペンハイマー』で共演したクレイ・バンカーは、『007』シリーズの次期ジェームズ・ボンドにマーフィーが相応しいのではないかと太鼓判を押しており、フィルムメイカー、俳優陣、そして世界中のファンから、常に熱い視線を注がれている。

キリアン・マーフィー主演最新作『オッペンハイマー』は公開中。
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