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『アイ,トーニャ』逆境で輝く光、つらい現実を超えて ─ 自粛疲れに効く、元気貰える映画を1日1本紹介

アイ、トーニャ
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新型コロナウイルス感染拡大を受け、東京など7都道府県では緊急事態宣言が発令された。映画館は休業となり、日常生活も奪われてしまった。

THE RIVERでは、長く続く「自粛疲れ」に効く、編集部メンバーそれぞれがオススメする映画をご紹介。「明るく、元気が貰える」をテーマに、1日1本、4日連続でお届けする。自宅待機のお供に、ぜひ参考にして欲しい。

3日目は、稲垣貴俊から『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2018)をご紹介。

『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』

1994年、リレハンメル五輪の選考会である全米フィギュアスケート選手権で悲劇が起こった。有力選手ナンシー・ケリガンが、何者かに襲撃され膝を負傷したのだ。事件の首謀者とされたのは、ライバル選手トーニャ・ハーディングの元夫ジェフ・ギルーリー。トーニャは大会で優勝するが、すぐに疑いを掛けられ、のちにスケート界を追放される。

貧しい家の少女は、いかにしてアメリカNo.1の座に上り詰めたのか。本当にトーニャは襲撃事件に関与していたのか。なぜトーニャは、かくもトラブルに巻き込まれてしまうのか。『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』は、実話に基づき、トーニャの半生と事件に迫るブラックコメディだ。

登場人物たちへのインタビューというドキュメンタリー風の形式で、物語はトーニャの人生を幼少期から振り返っていく。母親ラヴォナからの罵倒、恋人から夫になるジェフの暴力や夫婦生活。なんにせよ問題は、彼らの言葉が食い違いつづけることだ。そこで本作では、人物がカメラに直接語りかけ、また、誰かが“真実”を語ったそばから、すぐに別の“真実”が示されることになる。ジェフが「トーニャに撃たれた」と証言すれば、そのトーニャが銃をぶっ放しながら「私が撃つわけない」とカメラに訴えるのである。

しかし、そんな無数の矛盾から、やがて〈現実〉と〈人間〉の複雑さが浮かび上がってくる。ひとつの出来事を人々が同じように捉えない以上、事件の真実も、人々の真実も簡単には分からないのだ。そんな中で確かなことは、スケーターとしてのトーニャの栄光に陰りが見えていること。得点と順位で並べられるシンプルさを前に、現実と人間の複雑さはあまりにも脆い。彼女は恐れを押し隠し、自分を奮い立たせ、リンクに上がるしかないのだ。

今回の連載は「明るく、元気が貰える映画」がテーマである。本作の魅力は、あくまでもトーニャの〈悲劇〉をポップかつパワフルに、鮮やかなテンポで描いていくことだ。小気味よい構成、ダイナミックなスケートシーン、それにユーモアのスパイスも効いている。70年代のヒット曲を中心とする選曲も味わい深い。『アイ,トーニャ』は、つらい現実をあえて笑い飛ばそうとするのだ。

そして何よりも、トーニャ役のマーゴット・ロビーがすばらしい。実際のトーニャ自身がどうかはさておき、マーゴットは疑惑の女性選手を──粗暴なところはあれど──がむしゃらに未来へ突き進む女性として演じきった。たとえ事態が悪化しつづけようと、決して折れない不屈の精神は全編に充満し、ラストカットで炸裂する。まるで暗闇に差す光が実際よりも明るく見えるように、それは最大の逆境だからこそ最も輝かしいものだ。なにがなんでも一筋の希望を求め、しがみつく彼女のエネルギーは、きっと不安が渦巻く今こそ胸に刺さるだろう。

最後に、作品を支える充実した共演者にも触れておきたい。ジェフ役のセバスチャン・スタンは、若い男の色気、トーニャと愛し合う幸福、殴ってしまう情けなさ、彼女にすがりつくナイーブさ、別れを前にしたちっぽけさなど、一人の暴力夫をきわめて精緻に紡ぎあげた。母ラヴォナ役のアリソン・ジャネイは、娘への無慈悲とわずかな感情の機微を視線に宿してアカデミー賞を受賞。キーパーソン、ショーン役のポール・ウォルター・ハウザーは衝撃の怪演でブレイクへの道を拓いている。

Writer

稲垣 貴俊
稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

THE RIVER編集部。「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。劇場用プログラムや各種媒体への寄稿なども喜んで承りますので、お気軽にお尋ねください。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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