映画監督が手がけたテレビドラマ ― 「ナイト・マネジャー」「TRUE DETECTIVE」のアプローチを比較する

ダニー・ボイルの降板で空席になっていた『007』第25作(タイトル未定)の監督に、キャリー・ジョージ・フクナガが就任したというニュースが入ってきました。
フクナガは『闇の列車、光の旅』(2009)で、制作費2000万ドル以下の映画を対象とした小規模映画のアカデミー賞ともいえるインディペンデント・スピリット賞の作品・監督賞候補に選ばれ、『ビースト・オブ・ノー・ネーション』(2015)ではヴェネチア映画祭の金獅子賞(グランプリ)候補になるなど、小粒ながらも良質な作品を作ってきた監督です。
意外な人選ではありますが、過去にもコメディをメインフィールドにしていたジョナサン・デミがサイコ・ホラーの傑作『羊たちの沈黙』(1991)を作った例や、同じくコメディで活躍していたアダム・マッケイがシリアスな『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015)で成功を収めた例もあります。アート畑のフクナガと、ブロックバスター作品の『007』にも意外なケミストリーが生まれるかもしれません。
そんなフクナガが、テレビドラマを丸ごと1シーズン演出したことがあります。「TRUE DETECTIVE/二人の刑事」(2014)、そしてNetflixオリジナルシリーズ「マニアック」(2018)です。彼に限らず、映画界で実績のあるクリエイターや俳優がドラマに関わることは今日まったく珍しいものでなくなりました。今回のテーマは“テレビと映画の垣根”についてです。

映画をテレビに引き込むアメリカ
まずは、アカデミー賞受賞・候補になった監督や脚本家がテレビドラマに関わった例を挙げてみましょう。
- マイケル・マン「特捜刑事マイアミ・バイス」(1984-1989) 製作総指揮
- デヴィッド・リンチ「ツイン・ピークス」(1990-1991, 2017) 演出、脚本、製作総指揮
- クエンティン・タランティーノ「ER緊急救命室」(1995)「CSI:科学捜査班」(2005) ゲスト演出
- ウィリアム・フリードキン「CSI:科学捜査班」(2007, 2009) ゲスト演出
- ジェームズ・キャメロン「ダーク・エンジェル」(2000-2002) 一部エピソード演出・脚本、製作総指揮
- アラン・ボール「シックス・フィート・アンダー」(2001-2005) 一部エピソード演出・脚本、製作総指揮
- マイク・ニコルズ「エンジェルス・イン・アメリカ」(2003) 演出
- マーティン・スコセッシ「ボードウォーク・エンパイア 欲望の街」(2010-2014) パイロット版演出、製作総指揮
- デヴィッド・フィンチャー「ハウス・オブ・カード 野望の階段」(2013-)『マインドハンター』(2017-) 製作総指揮、一部エピソード演出
- スティーブン・ソダーバーグ「恋するリベラーチェ」(2013) 演出
- スティーブン・スピルバーグ「バンド・オブ・ブラザース』(2001)「ザ・パシフィック」(2010)など 製作総指揮
- リドリー・スコット「NUMBERS 天才数学者の事件ファイル」(2005-2010)「高い城の男」(2015-)など 制作総指揮
- ジョナサン・ノーラン「PERSON of INTEREST 犯罪予知ユニット」(2011-2016)『ウエストワールド』(2016-) 一部エピソード演出・脚本、制作総指揮
- モルテン・ティルドゥム「ジャック・ライアン」(2018-) パイロット版演出
ここに挙げた作品には、ケヴィン・スペイシーやアル・パチーノ、メリル・ストリープ、エマ・トンプソン、エド・ハリス、アンソニー・ホプキンス、マイケル・ダグラス、マット・デイモンなど映画かと思えるほど多くのビッグネームが出演していますが、それらはすべて2000年代以降のものです。アメリカでは一般的に「テレビの俳優は映画俳優より格下」という認識があるとの話も聞きますが、ここ15~20年くらいで映画とテレビの差は相当小さくなってきているのではないでしょうか。
それに伴ってか、アメリカのテレビは映画を思わせるようなやり方を導入するようになってきました。かつて、テレビとはカウチポテト族のものでした。ソファーに寝転んでピザでもかじりながら“ながら見”する、そういう緩やかな楽しみ方をするものだったのです。
しかし、たとえばAmazon Prime Videoにて配信されている「ジャック・ライアン」は、明らかに“ながら見”が出来る作りにはなっていません(筆者注:本稿ではネット配信作品も、自宅などで見る前提の作品としてテレビ放送の作品と同様に扱っています)。情報量が非常に多く、また字幕の量も多いために、画面をしっかり見ていないとついていけなくなります。まるで、見る場所を暗闇にしてでも、スクリーンに集中せざるを得ない環境で観る映画のようです。同作は『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(2014)でアカデミー賞の監督賞候補になったモルテン・ティルドゥムをパイロット版の演出に起用したことからも、いわゆる「テレビドラマ」というよりは「家庭で見る映画」を指向していることが伺えます。
そんな、“やりたい放題”と言っては語弊があるかもしれませんが、テレビ的なお約束を無視してクオリティの向上を目指す例は枚挙に暇がありません。
二人の映画監督、正反対のアプローチ
本稿では、そんな作品の中から分かりやすく両極端な例を挙げておくことにします。冒頭に触れた「TRUE DETECTIVE/二人の刑事」と「ナイト・マネジャー」(2016-)です。ともに話数の少ないミニシリーズであり、テレビドラマでは珍しいことに、すべてのエピソードを一人の人物が演出しています。そのため監督の個性が前面に出ており、映画監督がドラマで“やりたい放題”している例としては最良のものといえるでしょう。
まずは、米AMCと英BBCの共同製作による「ナイト・マネジャー」です。
『マイティ・ソー』シリーズのロキでお馴染みのトム・ヒドルストンと「Dr.HOUSE」(2004-2012)のタイトルロールで知られるヒュー・ローリーの競演で、スパイ小説の大家ジョン・ル・カレの小説を元にしたこのミニシリーズはプライムタイム・エミー賞の監督賞と作曲賞を受賞しています。全6話のミニシリーズで、デンマークの女性監督スサンネ・ビアが全話の演出を担当しました。ビアは『未来を生きる君たちへ』(2010)で米アカデミー賞の最優秀外国語映画賞をはじめとする数々の賞を受賞している、確たる実績を持った映画監督です。

ビアの演出の特徴はとても分かりやすく、「クローズアップが多い」という一言にすら集約できます。人物の顔面のクローズアップだけでなく、口元や目元のエクストリーム・クローズアップも含めてクローズアップを多用しています。
「ナイト・マネジャー」は諜報機関の潜入工作員が武器商人を追いかけるサスペンスですが、非常に内省的な作りになっています。それは本作が諜報機関と武器商人のサスペンスであると同時に、登場人物のパーソナルな物語としての要素を多分に含んでいるからです。
たとえば第一話の時点で、ヒドルストン演じるジョナサン・パインはまだ諜報機関に協力していません。彼はホテルの雇われ支配人で、重要情報を手に入れるのも自身の意思ではなく「たまたま」に過ぎないのです。その後、第一話の一時間以上をかけて、ジョナサンがMI6への協力を決意するまでが描かれていきます。以降のエピソードでも犯罪者同士のドロドロした人間関係が描かれ、これらはサスペンスと同じか、それ以上に重要な要素として物語を構成していきます。
以前ジョナサン・デミに関する記事でも書きましたが、クローズアップは人物の内面を描写するうえで最も効果的な方法です。ヒドルストンやヒュー・ローリーのような実力派俳優あってこそのやり方ではありますが、「ナイト・マネジャー」でビアが選択した手法は適切なものだったと思います。
この「ナイト・マネジャー」とは正反対のアプローチを取ったのが、「TRUE DETECTIVE/二人の刑事」です。本作はある殺人事件に関わった二人の刑事を描いたミステリーで、エミー賞で5部門を受賞、キャリー・ジョージ・フクナガも監督賞を獲得しています。
「TRUE DETECTIVE/二人の刑事」では大規模なロケ撮影が行われていますが、フクナガはロングショットを多用し、広い画を見せるという手法を選択しました。
舞台になったルイジアナの田舎町は閑散としてどこかうら寂しく、画面いっぱいに広がる荒涼とした光景が、のちに数多の苦難に襲われる二人の刑事の心象風景をも表しているように思えます。製作を担当したのは米HBOで、ミニシリーズとはいえ紛れもなくテレビドラマなのですが、スクリーン映えしそうな画が多く、非常に長い映画を6本に区切って見ているような気分にもなってきます。
ここで言及したことはごくわずかですが、「ナイト・マネジャー」も「TRUE DETECTIVE/二人の刑事」も、もちろんどちらも違ってどちらも質が高く、アメリカのドラマ界がいかに高い次元に到達しているかを改めて知らせてくれることでしょう。
もちろん本稿でご紹介した以外にも、たとえば『ダラス・バイヤーズクラブ』(2013)のジャン=マルク・ヴァレは「ビッグ・リトル・ライズ」(2017)や「KIZU-傷-」(2018)と連続してテレビドラマの演出を手掛け、いずれも好評を博しています(「ビッグ・リトル・ライズ」ではエミー賞の監督賞を受賞)。また『オールド・ボーイ』(2003)や『渇き』(2009)でカンヌをにぎわせたパク・チャヌクは、ジョン・ル・カレの同名スパイ小説をドラマ化した「リトル・ドラマー・ガール(邦題未定、原題:Little Drummer Girl)」を手がけるなど、多くの映画監督がドラマの世界で腕をふるっています。
さらに今後は、アカデミー賞俳優のハビエル・バルデムが主演を務め、アカデミー賞脚本家のスティーブン・ザイリアン、名匠スティーブン・スピルバーグが製作総指揮を務めるミニシリーズをAmazonが製作するなど、同様のケースはますます増えていきそうです。映画界で確固たる地位を築いている彼らは、ドラマでどのような個性を見せてくれるのでしょうか。