キー・ホイ・クァン、『インディ・ジョーンズ』ですごい額の印税 ─ 「私のような子どもに」スピルバーグ&ルーカスからの「ささやかな気遣い」

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2023)などのキー・ホイ・クァンにとって、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(1984)は、映画産業そのものを知る大きなきっかけとなったようだ。具体的にいえば、それは「印税」という仕組みのことで──。
先ごろ出版された自叙伝「Never Say Die(原題)」の中で、クァンは『魔宮の伝説』出演にあたって、出演料が支払われることは理解していたが、継続的に印税を受け取ることになるとは気づいていなかったと記している。
クァンは、映画への出演契約を結んでから2年後、最初の印税小切手を両親に見せられた瞬間をこのように綴っている。
「ある日の午後、台所に入ると、両親がテーブルのそばに並んで立っていた。母は私の名前が印刷された封筒を手にしていた。父は、その中にあった書類を持っていた。両親はともに微笑んでいて、その表情には驚きと信じられない気持ちが混ざっているようだった。手渡されたそれは、ルーカスフィルムからの小切手。金額は10万ドル近く、私にはまるで意味が分からないような数字だった。」
出演料をすでに受け取っているのに、なぜ新たな報酬が発生したのか、当時のクァンには理解できなかったという。いわゆる「印税」と呼ばれるこの残留情報条項を、「スティーブン(・スピルバーグ)と、ジョージ(・ルーカス)からのささやかな気遣い」と表現している。
「当時、映画の利益の分け前をもらえる俳優なんてほとんどいなかった。今でさえ大スターしかそんな待遇は受けられない。私のような子どもが、初めて出た映画で、そんな扱い方をしてもらえるなんて聞いたこともなかった。『魔宮の伝説』は、誰も見に行かないような小さな映画ではなかった。大ヒット作の続編で、莫大な収益を上げる作品だと誰もが分かっている作品だった。だからこそ、彼らの気遣いは一層寛大に思えた。」
幼少期に家族とともに祖国ベトナムを離れ、香港を経てアメリカに移住したクァン。『魔宮の伝説』の次には『グーニーズ』(1985)で一躍スター子役俳優に成長したが、その後のキャリアでは苦境を強いられ、コロナ禍には健康保険も切れるほどだったという。
アカデミー賞受賞にも輝いた『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』でスターの座に返り咲いた今は絶好調だが、常に初心を忘れず、周囲や恩人たちへの感謝を素直に伝える謙虚な人柄で知られる。つい先日もロサンゼルス・ドジャースのセレモニーピッチに登壇し、ユニクロの柳井社長や山本由伸選手、マイケル・B・ジョーダンらとのショットで少年のような笑顔を浮かべている。
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Source:Entertainment Weekly,Instagram
























