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『オデュッセイア』をIMAX®でリアタイ鑑賞する価値は、あとから絶対に手に入れられない ─ だから本作を劇場で観るべき理由

オデュッセイア
photo by Melinda Sue Gordon (C) Universal Studios. All Rights Reserved.

映画『オデュッセイア』を二度、鑑賞した。一度目は2.39:1の通常スクリーンを備えた試写室で、二度目はグランドシネマサンシャイン池袋の1.43:1 IMAX®レーザーで。同じ映画を観たはずなのに、一度目と二度目では、ほとんど別次元の映画体験だった。

IMAX®を愛してやまないクリストファー・ノーランが、長編映画史上初めて全編をIMAX®フィルムカメラのみで撮影した超大作『オデュッセイア』。映像への没入を売りにする映画はこれまでも数多くあったが、本作のスケール感は一線を画している。大いなる海が視界を覆い、そのただ中に一隻の船が対比的に小さく浮かぶ。怒りそのもののように押し寄せる兵士の大群。無慈悲に荒れ狂う轟音の海。そして、本当に迫ってくるかのような恐怖感を植え付けてくる、異様な巨人。途方もなく巨大な世界の中に、さまざまな思惑を抱えた人間たちが配置されていく。大きさと小ささの対比を直に実感する、それこそが『オデュッセイア』をIMAX®で観る醍醐味のひとつなのである。

ところで、『TENET テネット』(2020)『オッペンハイマー』(2023)に続くノーラン作品とあって、「複雑難解なのでは」と身構える人もいるかもしれない。しかし物語の骨格そのものは、意外なほど明快だ。大きく整理すれば、トロイア戦争を終えながら故郷へ帰れなくなった王オデュッセウス(マット・デイモン)が、次々と襲いかかる試練を乗り越えて帰郷を目指す物語。父の消息を求めて旅立つ息子テレマコス(トム・ホランド)の物語。そして夫オデュッセウスを待ち続ける妻ペネロペ(アン・ハサウェイ)が、王座を狙う求婚者たちと渡り合う物語。この三つの線が並走しながら、ひとつの巨大な叙事詩を織り上げていく。

オデュッセイア
photo by Melinda Sue Gordon (C) Universal Studios. All Rights Reserved.

もっとも、原典が古代文学であることに加え、神話上の存在が当然のように現れ、日本語では耳慣れない人物名も次々に登場する。初見では、まず物語を追うことに意識を使うかもしれない。筆者も一度目はそうだった。ところが筋道を把握したうえでIMAX®に臨んだ二度目は、172分という上映時間をほとんど意識することなく、最初から最後まで旅の中にいた。二度目の方が没入でき、最後には一度目以上の感動が押し寄せた。本作は再見するほど発見が増える映画だろう。そして、少なくとも一度はIMAX®で体験しておきたい映画である。

ノーランが16歳から夢見た「全編IMAX®」

オデュッセイア
photo by Melinda Sue Gordon (C) Universal Studios. All Rights Reserved.

そもそもIMAX®は、博物館や科学館などの巨大スクリーンで、自然や科学のドキュメンタリーを圧倒的な解像度で上映するところから発展してきたフォーマットだ。ノーランがその映像と出会ったのも子どものころだった。シカゴ科学産業博物館のオムニマックスやテーマパークでIMAX®作品を観るたびに心を躍らせ、「これでフィクションを撮ったらどうなるだろう」「すばらしいドキュメンタリーだけでなく、ハリウッドのアクション映画を撮ったら?」と想像したという。「私にとって映画全編をIMAX®で撮るというのは、16歳のころからの夢だった」

しかし、IMAX®フィルムカメラは劇映画を撮るには実に手強い。巨大で重いうえ、フィルムマガジンは約3分で交換しなければならない。『オデュッセイア』の撮影初日、そんな事情を知らなかったテレマコス役のトム・ホランドは、ノーランが何度も「カット」をかけるため、自分たちの演技が気に入らないのではないかと不安になったという。理由は演技ではなく、単にIMAX®のフィルムが尽きていたのだ。

ノーランがこの巨大カメラを劇映画に本格導入したのは、『ダークナイト』(2008)冒頭、ジョーカー一味による銀行強盗のシークエンスだった。以来、作品を重ねるたびにIMAX®撮影の領域を広げてきたが、『オデュッセイア』で最後に立ちはだかった大きな壁が「音」だった。IMAX®フィルムカメラは駆動音が非常に大きく、マット・デイモンいわく「目の前でミキサーを回されている」ような騒音で、これまでは静かな会話を至近距離で撮影することが難しかった。そこでノーランと撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマ、IMAX®社は、カメラを覆って音を抑える巨大な防音装置「ブリンプ」を改良し、さらに軽量化と静音化を進めた新型のIMAX®キーリー・フィルムカメラを投入した。

オデュッセイア
photo by Melinda Sue Gordon (C) Universal Studios. All Rights Reserved.

これによって、荒れ狂う海や戦争だけでなく、役者同士がささやくような親密な場面までIMAX®で撮れるようになった。ただし、問題をひとつ解決するとまた別の問題が生まれる。ブリンプを装着したカメラは、デイモンいわく「棺桶ほど」の大きさで、俳優二人の間に置けば互いの顔が見えなくなってしまう。そこで撮影チームは、カメラの脇に鏡を組み合わせ、俳優同士が鏡越しに相手の目を見ながら演技できる仕組みまで考案した。最先端の巨大フォーマットを成立させる最後の一手が、鏡という極めてアナログな発明だったのだから面白い。

従来の作品では、IMAX®で撮影された大規模なシーンと、それ以外のフォーマットで撮られた場面が切り替わることも多かった。ところが『オデュッセイア』では、映画の最初の瞬間から最後までIMAX®フィルムで貫かれる。本作におけるIMAX®は、もはや「見せ場だけの特別仕様」ではない。映画全体を形作る撮影言語そのものになったのである。

スクリーンの大きさが「旅」の体験に直結する

『オデュッセイア』をIMAX®で観終えた後、不思議なほど心地よい充足感が残った。おそらく、オデュッセウスたちが辿った長い旅に、自分まで同行してきたような感覚があるからだろう。

人間の幸福感と「移動」には興味深い関係がある。2020年に学術誌『Nature Neuroscience』で発表された研究では、より多様な場所を訪れた日ほど、幸福感や興奮といったポジティブな感情が高まる傾向が確認された。もちろん、映画鑑賞にまったく同じ作用があるという研究ではない。それでも、『オデュッセイア』を巨大スクリーンで観た後の感覚は、どこかそれを思わせる。

身体は映画館の座席から一歩も動いていない。それなのに約3時間、オデュッセウスと海へ出て、見知らぬ土地に上陸し、また船に乗り、さらに遠い世界へ進んでいく。その大移動を巨大な画角で浴び続けていると、ずいぶん遠くまで旅をして帰ってきたような感覚が身体に残る。そして、その感覚を作るためにノーランは、文字通り世界を巡った。

オデュッセイア
photo by Melinda Sue Gordon (C) Universal Studios. All Rights Reserved.

原典でオデュッセウスが訪れる土地は、当時の聞き手にとって「経験の外にある土地」だった。ノーランはその未知性を現代の観客にも感じさせるため、いかにも地中海らしい景観だけに限定せず、荒れた海、風、雨まで、まるで異なる地形と気候を求めた。旅の出発点となるトロイアでは、モロッコのアトラス山脈近く、アイット=ベン=ハドゥの実在する集落に溶け込むように街を建設。約2,000人のエキストラと60以上の建造物を収容でき、どこへカメラを向けても都市が存在する360度のセットを作り上げた。

オデュッセウスの故郷イタケに選ばれたのは、シチリア島近くのファヴィニャーナ島。海抜約340メートルの岩山に建つ15世紀のサンタ・カテリーナ城からは、地中海を360度見渡すことができる。道路すら通じていない不便な場所だったが、ノーランは頂上から風景を目にした瞬間、「これがオデュッセウスの故郷だ」と感じた。より便利な候補地を何カ月も探した後も、この場所が頭から離れず、結局戻ってきたという。

オデュッセイア
photo by Melinda Sue Gordon (C) Universal Studios. All Rights Reserved.

旅が人間の領域を離れていけば、風景もさらに異様になる。単眼の巨人キュクロプスとの遭遇には、ギリシャ・ペロポネソス半島に実在するネストルの洞窟を使用。高さ約30メートルの吹き抜けを持ち、新石器時代から人間に利用され、古くからギリシャ神話とも結びついてきた空間だ。そして死者の魂を求めて地下世界へ向かえば、舞台はさらに北へ移り、アイスランドの人気のない荒野、風雨と白夜の不気味な光の中で冥界が撮影された。ノーラン自身、極寒の地へ北上していくことで、オデュッセウスが故郷イタケから遥か遠くまで来てしまった感覚を作りたかったと説明している。

モロッコの乾いた大地から地中海の島へ、巨大な洞窟を抜け、ついには白夜の北方世界へ。同じ映画とは思えないほど、土地の色、光、空気、地形が次々と変わっていく。それを全編IMAX®で視界いっぱいに浴び続けると、「場面が変わった」だけではなく、本当に長い距離を移動してきたような身体感覚が生まれる。『オデュッセイア』においてスクリーンの大きさは、単に映像体験を拡大するためのものではない。海の果てまでの距離、土地の広さ、そしてその中に置かれた人間の小ささを身体で感じさせ、観客までオデュッセウスの旅へ連れ出すためのポータルなのだ

本物の海、本物の船 ─ ノーランの執念に圧倒されよ

クリストファー・ノーランの映画作りには、時として常識外れとしか思えないほどの「本物」への執着がある。『TENET テネット』では、飛行機が格納庫へ突っ込むシーンのために本物のボーイング747を購入し、実際に衝突させた。ミニチュアやCGを使うより、実機で撮った方が効率的だったというからスケールがおかしい。『オッペンハイマー』では、核実験「トリニティ」の閃光と爆発をCGに頼らず、実在する炎や爆発、大小さまざまなアナログ効果を組み合わせて再現した。宇宙を描こうが、時間を逆行させようが、核爆発を描こうが、「カメラの前で何を本当に起こせるか」をまず考える。それがノーランという映画作家だ。

オデュッセイア
photo by Melinda Sue Gordon (C) Universal Studios. All Rights Reserved.

神々と怪物が跋扈する『オデュッセイア』でも、その姿勢は揺るがない。むしろ約2800年前の神話的世界だからこそ、可能な限り「そこに存在するもの」としてカメラに収めようとした。その象徴が海である。ノーランが求めたのは、青銅器時代の航海を、その雄大さや美しさだけでなく、恐ろしさまで含めた生々しい経験として捉えること。そのためオデュッセウスたちの船を屋内スタジオで揺らすのではなく、本当に外海へ出した。

主船として用いられたのは、大西洋を二度横断した実績を持つ古代仕様の帆船「ドレイケン」。俳優たちも、ただ甲板の上で演技したわけではない。帆を張り、櫂を操る訓練を受け、自分たちの筋力で本当に船を進めた。まるで『トップガン マーヴェリック』(2022)並の本物主義である。

当然、自然はこちらの都合には合わせてくれない。ギリシャでの撮影初日には時速111キロ相当の風が吹き、アイスランドやスコットランドでも潮流、高波、寒さと格闘した。撮影を終える頃には、一行が海上を移動した距離は数千マイルにも達したという。

IMAX®で観ると、この「本当に海へ出た」ことが如実に効いてくる。船が波に持ち上げられ、その上で人間の身体が揺さぶられる。スクリーンいっぱいに海面が広がった時、大きなはずの船さえ、その周囲を包む海と比べればあまりにも小さい。自然と人間との圧倒的なサイズ差を、頭ではなく身体で理解させられる。

では、そもそも現実に存在しない「怪物」はどうするのか。一つ目の巨人キュクロプスは、本作におけるその答えだ。ノーランはこのキャラクターを、『バットマン ビギンズ』(2005)におけるバットモービルと同じ種類の創造的な挑戦だったと語り、「これほど現実離れしたものを、どうすれば本物と信じさせることができるだろうか?」と考えた。そのため、視覚効果、実写特殊効果、スタント、実在のロケーション、セット建設など、これまでの映画人生で培ってきたあらゆる技術を投入している。

IMAX®でキュクロプスと遭遇する場面は、その執念が観客の身体感覚にまで到達する瞬間である。巨大なスクリーンを前にすると、「映画の中に巨人が映っている」という距離感が薄れ、まるで等身大のキュクロプスが目前に立ち、こちらを見下ろし、そして実際に迫ってくるように感じられる。今にもスクリーンを跨いで、ズシン、と劇場内に侵入してきそうなほどの臨場感だ。人間とは根本的にサイズの異なる生物が、そこに存在する。どんな怪獣映画よりも生々しい、本能的な恐怖がジワリ込み上げてくる。

本物の海と、本当に航行する船。実際に建てられた都市。そして、現実には存在しないにもかかわらず「そこにいる」と信じ込ませる怪物。ノーランがこれまでの映画人生で蓄積したものを総動員して作り上げた“本物らしさ”を、本来のスケールのまま受け止める。『オデュッセイア』において、IMAX®というフォーマットが必要とされる理由はここにある。

オデュッセイア
photo by Melinda Sue Gordon (C) Universal Studios. All Rights Reserved.

映像と音で完成する、ノーランの「映画館で観る意味」

そして『オデュッセイア』の旅を完成させるのが、音だ。海が荒れれば波の轟音がスクリーンの向こうから押し寄せ、戦いでは群衆と武器の音が空間を埋め尽くす。それでいて静かな場面では大胆に音が引き、かえって周囲の空間の広さを意識させる。巨大な画だけでなく、音の遠近や静寂まで含めて「そこにいる場所」が作られているのだ。

音楽を担うのは、『TENET テネット』『オッペンハイマー』に続いてノーランと組むルドウィグ・ゴランソン。本作では古代ギリシャのアウロスやライアーといった楽器を現代的なサウンドと融合し、さらに35枚もの銅鑼を用意して、叩く位置や強さまで指定する独自の楽譜を作成した。オデュッセウスを象徴する三音のモチーフは姿を変えながら全編を通じて響き、撮影終了までにゴランソンが生み出した音楽はおよそ4時間に達したという。巨大な映像が視界を覆い、音が身体を包み込む。その時、映画館の座席は「映画を見る場所」から、オデュッセウスと旅をするための乗り物へと変わる。

これらは、ノーランが長年、映画館に求め続けてきたものでもある。『ダンケルク』(2017)の公開時、ノーランはIMAX®が生み出す感覚を「ゴーグルなしのバーチャルリアリティ」と表現した。『ダークナイト』で巨大都市を飛び、『インターステラー』(2014)で宇宙の果てへ行き、『ダンケルク』で戦場に放り込まれ、『TENET テネット』では時間そのものを逆行し、『オッペンハイマー』では原爆実験の閃光に立ち会う。ノーランは一貫して、自宅のテレビやスマートフォンでは代替しきれない「そこにいる感覚」を映画館で作り続けてきた。その果てにたどり着いたのが、約2800年前から人類が語り継いできた、ひとりの男が「家に帰る話」なのだ。

オデュッセイア
photo by Melinda Sue Gordon (C) Universal Studios. All Rights Reserved.

しかも『オデュッセイア』は、長編映画史上初めて全編をIMAX®フィルムカメラのみで撮影した映画である。 これは単なる宣伝文句ではなく、映画史の中にひとつ新しい記録が刻まれたということでもある。だから本作を公開時にIMAX®で観る価値は、「大きなスクリーンの方が迫力がある」というだけではない。この瞬間に立ち会えること自体に、何事にも代えがたい価値があるのだ。

映画はこれから先も残り、『オデュッセイア』も何年、何十年と観られていくだろう。その頃には、別のスクリーンで、別の環境で、いつでも再生できる作品になっているはずだ。それでも、「2026年の公開当時、映画館へ行ってIMAX®で観た」という記憶だけは、あとから絶対に手に入れることができない。映画史上、いま、私たちだけが得ることができるものだ。

これから本作がノーランのフィルモグラフィを振り返る中で語られ、あるいはIMAX®映画の歴史を語る一本として振り返られた時、公開当時にその瞬間へ立ち会えたことが、ひとつの記念になっているはずだ。その記憶は、あなたの中に小さな灯火のように残り続ける。

大きなスクリーンの前で音に包まれ、オデュッセウスと海を渡り、未知の土地を巡り、そして帰ってくる。いま映画館でこの大作を体験し、その歴史の一部に加わること。それはきっと、後から配信で物語を知ることとは別種の、いまこの時代に映画館へ行く者だけが得られる、ノーランが届けてくれる映画的幸福なのである。

オデュッセイア
(C) 2026 UNIVERSAL STUDIOS

映画『オデュッセイア』は2026年9月11日(金)全国公開。
9月4日(金)~10日(木) IMAX®先行上映決定

2D(字幕/吹替)、IMAX®(字幕)、Dolby Cinema®(字幕)、4DX(字幕/吹替)、MX4D®(字幕/吹替)、35mm(字幕)の全6種9バージョンにて公開

Supported by ビターズ・エンド
参考:玄光社『ノーラン・ヴァリエーションズ クリストファー・ノーランの映画術』(2021)

Nature Neuroscience

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Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者、運営代表。執筆・編集から企画制作・取材・出演まで。数多くのハリウッドスターに直接インタビューを行なっています。お問い合わせは nakataniアットriverch.jp まで。

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