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スピルバーグ、『ディスクロージャー・デイ』もう一本作る可能性? ─ ラストの解釈も自ら語る【独自】

ディスクロージャー・デイ
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スティーヴン・スピルバーグ監督最新作『ディスクロージャー・デイ』は、そのタイトルが示す“開示”の先に何を描こうとしているのか。スピルバーグ自身によれば、本作のラストには「とても明確なメッセージ」が込められているという。

さらに、その物語は一本の映画として完結しながらも、再び『ディスクロージャー・デイ』の世界を描く余地も残されているようだ。

筆者はこの度、スピルバーグ本人に直接インタビューを実施。本作が観客に解釈の余地を残す作品であることに触れながら、現代ではひとつの「正しい解釈」が求められやすくなったのではないか、スピルバーグ自身は物語の曖昧さについてどう考えているのかを尋ねた。

対するスピルバーグの回答は、「私は『ディスクロージャー・デイ』の結末が曖昧だとはまったく思っていません。とても明確なメッセージを発していると思っています」というものだった。「そのメッセージを『警告』ではなく『共感』のメッセージとして受け取ってもらえれば、物語としてきちんと完結している」と、SF映画の巨匠は説明する。

同時に、これで完全に終わりというわけでもないらしい。スピルバーグは続けて、「もう一本『ディスクロージャー・デイ』を作るための扉も開けてありますけどね」と語った。現時点で新作の製作が決定しているという意味ではないものの、少なくともスピルバーグ自身は、同じ題材や世界を再び描ける余白を残しておいたのだ。

スピルバーグの言う「共感」とは。別の質問への回答には、その考え方を読み解くうえで興味深い言葉がある。

本作では、世界中の人々がひとつの超常的な出来事を目撃し、その経験を共有していく。そこで筆者は、見知らぬ人々が暗い映画館に集まり、同じものを一緒に目撃する映画体験との重なりを指摘し、劇中の“未知なる存在”を映画のメタファーとして考えることはできるかと尋ねた。

スピルバーグは、「宇宙人そのものがメタファーなのかどうかは、私にはわかりません」としながらも、映画というものについてこう語った。

「映画というものは基本的に、人々をひとつにするものです。夜、子どもを寝かしつけながら物語を聞かせるときでも、世界中の映画館のスクリーンで壮大な物語を語るときでも同じです。

人々を集め、心を動かし、何かを伝え、気づきを与え、笑わせる。驚かせる。そして、その人たちを映画館へと導いた映画作家やストーリーテラーのレンズを通して、自分自身を見てもらう。」

さらにスピルバーグは、『ディスクロージャー・デイ』にとっても「メディア」が重要な意味を持つと説明した。劇中では、これまで隠されていた記録が世界へと広がっていくが、それを人々に届けるのはいずれも“スクリーン”なのだと説く。「大きなスクリーン、小さなスクリーン、持ち運べるスクリーン……。そういう意味では、そこにはある種のメタファーがあるのかもしれませんね」。

そして最後に、スピルバーグはこう語った。

「今の時代、スクリーンがどれだけ大きいか、小さいかは問題ではない。大切なのは、そのスクリーンから発せられたメッセージが、人々の心に届くことなんです。」

映画『ディスクロージャー・デイ』は2026年10月1日(木)全国公開。

Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者、運営代表。執筆・編集から企画制作・取材・出演まで。数多くのハリウッドスターに直接インタビューを行なっています。お問い合わせは nakataniアットriverch.jp まで。

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