ノーラン、タランティーノ引退に反対 ─ 「私は毎回、これが最後の映画だと思っている」

クリストファー・ノーランは、まだクエンティン・タランティーノに映画監督を辞めてもらいたくはないようだ。以前から公言している「監督業は10作目で引退」という方針に異論を唱えた。
最新作『オデュッセイア』を控えるノーランは、英Telegraphの取材にて、タランティーノの“次回作で引退”という宣言について「そこまで具体的に考えるのは危険だと思います」と率直に語っている。「きっとクエンティンなりの理由があるのだと思いますし、私はそれを心から尊重します。けれど、彼がその理由にしたがわないことを願っています」。
『レザボア・ドッグス』(1992)や『パルプ・フィクション』(1994)『キル・ビル』(2003-2004)『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)など、タランティーノは「すべてが代表作」といえるフィルモグラフィ。だからこそ、“どんな名監督も全盛期は過ぎる”として、10作目での引退を主張しているのだ。
2023年、ノーランは『オッペンハイマー』のプロモーションのため、米CinemaBlendのポッドキャストに出演した際にも、このタランティーノのスタンスについて持論を語っていた。
「クエンティンが言っていること──映画監督が晩年に手がけた作品が、全盛期の水準に届かないとき、むしろ存在しないほうがよかったのではないかと感じるというのは、非常に純粋主義的な見方だと思います。映画史の価値を重んじる、シネフィルの見方です。」
ノーラン自身は、「ある作品が存在すべきかどうかを判断できるほど、その絶対的な価値について、私は自分の感覚を信用できません」と言っている。「クエンティンや、私自身も、目指したものを完全に達成できていないような映画が大好きです。それでも、その作品には演技や構成、シーンに素晴らしい見どころがある」。
当時、タランティーノと自分を比較して、「おそらく彼は、ある種の完璧な評価を保ちたいのでしょう。だけど私は、何ひとつ可能性を排除したくないのです」と言っていた。今回もノーランは、「(タランティーノとは)考え方が少し違います」とはっきり言っている。
「私は、自分が作る映画をすべて、“これが最後の作品だ”と思っています。いずれ、本当にそうなる日が来るでしょう。だからこそ毎回、目の前のプロジェクトにすべてを注ぎ込みたい。決して、“これは次回作に取っておこう”と考えることはしないし、そういうふうに考えたくはないんです。」
1998年『フォロウィング』での長編デビューから数えて、『オデュッセイア』はノーランにとって13本目の監督作となる。大作映画ばかりにもかかわらず、コロナ禍をも含めて2~3年に一度のペースで新作を撮り続ける創作ペースもすさまじい。
「一本一本の映画を、自分にとってのすべてにしたい」とノーランは言う。その積み重ねが奏功してか、『オデュッセイア』はキャリア史上最高傑作との呼び声も高い一作となった。かたや、タランティーノの新作映画は現在も詳細不明だが、早ければ来年(2027年)にも準備が始まるのではないかという。
確かなことは、ノーランとタランティーノがいまや映画界で数少ない「名前で観客を呼べる映画監督」であること。そしてこれから先も、きっと映画ファンが新作を待望しつづけるクリエイターであることだ。
映画『オデュッセイア』は2026年9月11日(金)全国公開。
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Source: The Telegraph, CinemaBlend




























