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【レビュー】痺れるほどカッコいい…映画『イレブン・ミニッツ』は、洗練された現代アートだ

カンヌ、ベネチア、ベルリンの世界三大映画祭で主要賞を制覇したポーランドの巨匠イエジー・スコリモフスキ監督。その最新作である『イレブン・ミニッツ』は、痺れるほどカッコいい映画だった。

ワルシャワの街を舞台に、ある日の5時〜5時11分までを描いた作品。何人もの登場人物が現れ、その同じ時間をそれぞれが過ごしていく様子が小刻みに描かれる。女たらしの映画監督、ポーランド出身の美女、やきもち焼きの夫、刑務所から出てきて間もないホットドッグ屋、強盗に失敗した少年、ホテルの窓ふきをする男とその彼女……現代の大都会で事情を抱える11人の男女と1匹の犬。それぞれの11分間が、ツギハギ模様を描くように映し出されていく。

ある者は不安に駆られた11分間を、ある者は手探りで駆け引きする11分間を、ある者はいつもと大して変わらない11分間を……そこにあるのは全員に等しく存在する【時間の経過】だけ。それぞれの会話からなんとなく背景を読み取るが、結局すべては分からないまま時間だけが経過していく。

そして最後、瞬間的にすべてが焦点を結び、突如として映画は終わる。

洗練と余裕。圧倒的なインパクト。

『あれってなんだったんだろう?』『あの人の事情はよく分からなかったな』という箇所が少なくとも5箇所ほどあったが、説明されることのないままに突然訪れた終焉。わざと難解にしているというよりも、そもそもちゃんと説明したり、伏線を回収したりする気が全くないように私には感じられた。

細かい事情や、各人の問題の深刻さなど問答無用で無に帰すような不条理。途中で何度も響く轟音と大きな機体も象徴するように、それはテロの脅威に怯える今の世界を表現していることにほかならない。

ラストシーンの描き方は本当にスタイリッシュで、洗練されたアートを観ているようだった。横浜美術館にやってきた蔡國強のインスタレーション『壁撞き』や、ヴェネツィアビエンナーレ国際美術展・日本館で話題をさらった塩田千春の『掌の鍵』のように、圧倒的なエネルギーと美を感じさせるインパクト。映画的なストーリー構成のセオリーを敢えて無視し、この世界を支配する不条理を視覚的に表現したアート。言葉を超えた快感の波が、一気に私の脳内を貫いた。

点と点で線を描こうとする観客の思考を分断するような、こういった手法自体はムラーリ・K・タルリ監督の『明日、君がいない』などでも観られるもので、特段新しいとは言えないのかもしれない。しかし、複雑な脚本はもちろん、映像、音響、音楽など、ありとあらゆる要素をこうまで緻密に構築し、最終的に圧倒的な”画”をつくりあげてしまった完成度の高さは、巨匠イエジー・スコリモフスキ監督の余裕がなしには実現しなかっただろう。

そして、キーとなる【黒い点】。要所要所でわかりやすく象徴的に差し込まれているこのメッセージは何を表していたのか。その判断は観る者に委ねられているはずだが、ハッキリと示された入れ子構造に、観た者はこう感じざるを得ない。『私にも、あの黒い点の一部になる瞬間が訪れる可能性は十分にあるのだ』と。

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umisodachi

ホラー以外はなんでも観る分析好きです。元イベントプロデューサー(ミュージカル・美術展など)。

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