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スターがいないR指定ホラー『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』ヒットの理由を分析 ─ ヒントはM-1グランプリ?

(C)2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

「残虐描写のあるホラー」「R指定」「有名俳優が出ていない」「原作の出版から時間が経過しすぎている」──。これだけの不安要素を抱えながら『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』はアメリカでR指定ホラー史上最大のヒットを飛ばした。しかも批評的にも絶賛。『スタンド・バイ・ミー』的な青春映画の要素とホラー映画のスリルを掛け合わせるという、原作本来の魅力が十二分に引き出された傑作になっていたのだ。

しかし、我々は「傑作だからといってヒットするわけではない」と知り尽くしている。『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』のヒットはクオリティの高い作品を広めるための戦略があったからこそだ。また、作品が世界的な時流を捉えていたのも見逃せない。『IT』現象がどうして2017年に吹き荒れたのかを多角的に分析していこう。

IT/イット “それ”が見えたら、終わり。
(C)2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

世界を震感させた予告編の勝因は「上品さ」?

20173月、『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』のティーザー予告編がネット上で公開されると世界中が震え上がった。下水道から少年を見上げる殺人ピエロ「ペニーワイズ」のカットがあまりにも怖すぎたのだ。それだけではない。「急に出てきてびっくり」のパターンだけではなく、「風船」「廃墟」「バスルーム」といった恐怖アイテム(スポット)を散りばめた予告編は「映画の空気そのものが怖い」と完璧に視聴者へと訴えかけていた。

この予告編はアメリカで、24時間 のうちに19,700万回という驚異的な再生回数を記録した。もちろん、その背景にはSNSでの「シェア」や「リツイート」が貢献したのは間違いない。『IT~』予告編は「他人に教えたくなるほど」恐ろしい出来栄えなのである。しかし、よく見ればこの予告編が意外に「上品」な構成になっていることが分かるだろう。ホラー映画ではあるが、冒頭は幼い兄弟が抱擁するシーンから始めて「家族の絆」を強調している。『IT』原作は残虐描写もあるものの、少なくとも予告編では洗面台から噴出す血液を除いてスプラッタ要素はない。目玉であるペニーワイズのビジュアルもはっきりとは見せずに、観客の興味を煽り立てる内容になっている。そう、『IT〜』予告編の成功は「恐怖」と同時に「好奇心」を刺激したところにあったのだろう。そもそも原作小説『IT』は都市伝説をテーマにした物語だったが、全貌が明らかにされないペニーワイズがまさにネット上の「都市伝説」として機能したともいえる。日本でかつて「トイレの花子さん」や「口裂け女」が口頭伝承で広まったように、『IT〜』予告編は世界中へと拡散されていった。 

前回の映像化との比較が期待につながる

IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』原作者・スティーヴン・キングの映画は必ずしも毎回高い評価を得てきたわけではない。『シャイニング』(1980)『スタンド・バイ・ミー』(1986)『ミザリー』(1990)『グリーンマイル』(1999)など興行と批評を両立させた例もあるが、『痩せゆく男』(1996)『ドリームキャッチャー』(2003)『ミスト』(2007)などはヒットもせず評論家受けも散々だった。『ショーシャンクの空に』(1994)ですら人気に火がついたのは後世に入ってからである。(あくまで個人的な好みでいえば『ドリームキャッチャー』『ミスト』は神がかった傑作だと思う。)

1990年にテレビ映画として制作された『IT』も不評を被っているキング原作ものの一つである。放映当時こそ賞を獲得するなどの賞賛は受けてきた。しかし、今見直すと明らかに構成がダレているし、ホラー描写もマイルドすぎる。現在でこそアメリカではテレビと映画の境目が分からなくなるほどに放送コードは接近しているが、1990年当時はまだまだ「お茶の間」のコンプライアンスは厳しかった。

しかし、『IT』への「マイルドなホラー」というイメージが『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』の予告編の恐怖を倍増させた面もあるだろう。「お茶の間向け」では収まらない内容への期待が一気にふくらみ、旧世代の観客やコアなホラーファンも獲得できたのではないか。

Writer

石塚 就一
石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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