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『ロッキー・ホラー・ショー』ティム・カリーが逝去、80歳

ロッキー・ホラー・ショー
©Twentieth Century Fox Film Corp. 写真:ゼータイメージ

1975年公開のカルト映画『ロッキー・ホラー・ショー』で世界的な人気を獲得し、その唯一無二の存在感で映画、舞台、テレビ界で幅広く活躍した英国俳優ティム・カリーが逝去した。享年80歳だった。

長年にわたりマネージャーを務めたマーシャ・ハーウィッツが、2026年8月25日(現地時間)、カリーがロサンゼルスの自宅で死去したことを米Varietyに認めた。死因は公表されていないが、カリーは2012年に重い脳卒中を患って以降、健康上の問題を抱えていた。

photo by Alan Light, CC BY 2.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/2.0>, via Wikimedia Commons

カリーは1946年4月19日、英チェシャー州グラッペンホールに生まれた。幼い頃から歌と演技の才能を発揮し、バーミンガム大学で英文学と演劇を学ぶ。1968年、ロンドン公演のミュージカル『ヘアー』でプロの舞台俳優としてデビューし、この作品で脚本家リチャード・オブライエンと出会ったことが、その後の運命を大きく変えることになる。

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1970年代前半には、ロイヤル・コート劇場などでシェイクスピアやブレヒトなどの作品に出演し、実力派舞台俳優として評価を確立。そして1973年、オブライエンが執筆したミュージカル『ロッキー・ホラー・ショー』で主人公フランクン・フルター博士を初演し、一躍脚光を浴びた。

その後、1975年公開の映画『ロッキー・ホラー・ショー』でも同役を再演。当初は興行的に失敗したものの、深夜上映を中心に熱狂的な支持を集め、やがて映画史を代表するカルト作品へと成長した。コルセット姿の狂気に満ちたマッドサイエンティスト、フランクン・フルター博士はカリー最大の当たり役となり、その名を世界中に知らしめた。

一方で、舞台俳優としても高い評価を受け続けた。1981年には舞台『アマデウス』でモーツァルト役を演じ、トニー賞にノミネート。翌1982年には『ペンザンスの海賊』でローレンス・オリヴィエ賞候補となった。その後もブロードウェイ版『My Favorite Year』や、『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』をミュージカル化した『モンティ・パイソンのSPAMALOT』でアーサー王役を演じるなど舞台でも第一線で活躍した。

映画では『アニー』(1982)のルースター役、『レジェンド/光と闇の伝説』(1985)の闇の魔王ダークネス役、『ホーム・アローン2』(1992)のコンシェルジュ・ヘクター役、『マペットの宝島』(1996)のロング・ジョン・シルバー役など、悪役からコミカルな役柄まで幅広い演技を披露。『レッド・オクトーバーを追え!』(1990)や『三銃士』(1993)など話題作にも出演し、名バイプレーヤーとして存在感を放った。

テレビでも活躍は目覚ましく、1990年にはテレビミニシリーズ「IT/イット」で邪悪なピエロ、ペニーワイズを怪演し、今なおホラー史に残る名演として語り継がれている。また、アニメシリーズ「Peter Pan and the Pirates(原題)」ではフック船長の声を担当してエミー賞を受賞。さらに『チャーリーズ・エンジェル』(2000)や『最終絶叫計画2』(2001)などでも活躍した。

2012年に脳卒中を患って車椅子生活となってからは、主にアニメやゲームの声優活動を続けた。2016年にはテレビ映画『ロッキー・ホラー・ショー:タイムワープ・アゲイン』でナレーターを担当し、2020年にはイベントで再びフランクン・フルター博士を演じるなど、晩年までファンとの交流を大切にしていた。

『ロッキー・ホラー・ショー』をはじめ、唯一無二の個性と圧倒的な存在感で数多くの足跡を残したティム・カリーの名演は、これからも世界中のファンに愛され続けるだろう。心からご冥福をお祈りします。

Source:Variety

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Hollywood

ロサンゼルスに11年在住していた海外エンタメ翻訳家/ライター。海外ドラマと洋画が大好き。趣味は海外旅行。海外ドラマDIVEを運営。

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