サム・ライミ『スパイダーマン2』電車シーン「誰にも言わないよ」スマホ/SNS時代の今ではもう二度と起こり得ないから、切ない

時代の進歩は不可逆だ。その過程で我々は、何かとんでもなく大事なものを、永遠に失ってしまったのではあるまいか。『スパイダーマン2』(2004)を観るたび、必ず胸に手を当てて考えている。(映画『スパイダーマン2』は2026年7月3日(金)より、1週間限定でヒューマントラストシネマ渋谷にてリバイバル上映。)
そうさせるのは、クライマックス電車のシーンである。ニューヨークを直走る一本の電車が、悪役ドクター・オクトパスによってブレーキ装置を破壊されて暴走状態となる。スパイダーマンはその先頭に立ち、腕力と気力だけで、多数の乗客の命を乗せた車両を、すんでのところで停止させてみせる。しかし、力を使い果たしたスパイダーマンはマスクを外したまま気絶。そのまま落下しそうなところ、彼に救われた乗客たちによって持ち上げられ、車内の安全な場所まで運ばれると、「ゆっくり降ろせ」との声掛けと共に床に横たわる。
ここで乗客らは、巷を騒がせるスパイダーマンの素顔を同時に目撃する。「まだほんの子どもだ。息子と変わらない」。目を覚ましたピーターは、自身のアイデンティティがここで公になったと焦りを見せる。しかし、乗客たちは“親愛なる隣人”の味方を貫く。幼い兄弟の2人組が拾ったスパイダーマンのマスクを差し出し、「誰にも言わないから」と言う。
アメコミ映画の歴史において、これほど優しい台詞はそう多くない。いや、少なくともこの形では、もう二度と登場できない。なぜなら、このシーンは決して再現ができないからだ。
もしもこれが現代であれば、乗客のほとんどがスマホを手に、スパイダーマンの素顔をその場で撮影し、その場でどこかにアップロードする描写が入るはずだ。あるいは『シャン・チー/テンリングスの伝説』(2021)のバス車内での戦闘シーンのように、スパイダーマンとドック・オクが戦う最中から、すでに生配信を始める者が1人は紛れるはずである。
人は、いつから他人のプライバシーよりも、“いま撮ったものを共有すること”を優先するようになったのか?「誰にも言わない」ということは、もしかすると、時代と共により難しくなったのだろうか?将来、こうした自省が訪れることなど、2004年の『スパイダーマン2』公開当時はほとんど誰も気にかけなかっただろう。
最初のiPhoneが発売されたのは2007年だが、それ以前から「カメラ付きケータイ」は普及していた。とりわけ、当時の日本はまだテクノロジー先進国で、世界初期のカメラ付き携帯としてJ-PHONE/シャープのJ-SH04が2000年に登場し、「写メール」文化が拡大。その頃の日本ではカメラ付きケータイの販売比率が市場の50%を越えていたという研究も残っている。
一方、当時のアメリカではまだそこまでではなく、2004年時点での普及率は「急激に広まりながら」としながらも、わずか14%にとどまっている。脚本執筆中の2002年頃であれば、さらに低かったはずだ。つまり、電車のシーンで、乗客の誰かがカメラ付きケータイをスパイダーマンの姿に向けるという発想が、現在のように自然な反射として物語に入り込む時代ではなかった。
それから数年の間で、カメラ付きケータイやスマートフォンが世界的により普及するようになり、2005年にはYouTubeが、2006年にはTwitter(現X)が、2010年にはInstagramが誕生。人々は「いま」「ここ」「これ」をインスタントにシェアすることに次第に慣れ、その過程で境界線の倫理も薄れていった。『スパイダーマン2』は、世界がカメラ付き端末時代、SNS時代に突入していく直前の、最後の時代の産物として残っているのである。
実際、マーベル・シネマティック・ユニバースのトム・ホランド版ピーター・パーカーは、その世界で“暴露系”と成り果てたデイリー・ビューグルによって正体を晒され、学校の同級生は彼の実態を容赦なく撮影した。理由はまた別であるものの、「全世界の人々から自分にまつわる記憶を消す」という苦渋の決断から躊躇をなくすほどだった。

『スパイダーマン2』は公開から20年が経った今観ても、物語性や映像にそこまでの古臭さを感じさせない強度を誇っているが、しかし電車の人々の優しさだけは、この20年ですっかり失われた精神の最後期を、愛おしさと懐かしさ、そして虚しさと共に思い出させる。
もう、あの電車の人々は、この世界から永遠に消え失せてしまったのだろうか?時代は、音もなく形を変えたのだろうか?「誰にも言わないよ」とマスクを手渡してくれた、かつて少年だった彼らでさえ、20年後の今ももし同じ状況に居合わせたら、同じ行動を取るかどうかわからない。ふと、そう思わされてしまうほどに。
映画『スパイダーマン2』は2026年7月3日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷にて1週間限定でリバイバル上映。当時から、もっと大人になったいま。もう一度この映画を観たら、君にどんな気付きがある?映画館のスクリーンで確かめに来て。
上映概要


企画名:REVIVAL by THE RIVER
第1回上映作品:『スパイダーマン2』(2004)
上映期間:2026年7月3日(金)より1週間限定
上映開始時間:全日18:10~
上映劇場:ヒューマントラストシネマ渋谷(東京都渋谷区)
オンラインチケット予約販売:
・TCG会員 6月23日(火)18:00~
・通常販売 6月23日(火)21:00~
※劇場窓口では、6/24(水)より販売開始
チケット料金:1,600円(各種割引サービスはご利用いただけません)
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Source:microsoft, cernet.edu.cn


























