『Michael/マイケル』プロデューサーが語る製作裏話 ─ 「ステージ上とステージ外のマイケルを、最前列で観せよう」【インタビュー】
──マイケル・ジャクソンをこれほどに完全再現するにあたって、最終的に解決策を見つけるまで、何度試してもまったく上手くいかなかった、といったことはありましたか?
脚本は本当に何度も、何度も書き直しました。何稿も重ねました。だから、これだけ何年もかかるんです。公開日も何度も発表しましたが、実現できなかったものがたくさんありました。世界中の人々はかなり苛立っていましたよね。でも、チャンスは一度きりなんです。だから、正しい形にしなければならない。
誰かの人生、あるいは人生の半分、4分の1を扱うわけです。そして、その人生全体から、三幕構成の映画体験を作り上げなければならない。だから、その構造の中で、どの物語を語るのかを選び取らなければいけません。それはとても難しいことです。特にマイケル・ジャクソンやフレディ・マーキュリーのような人物の場合は、語るべき物語があまりにも多いですから。
ただ、世界の人々は、私たちがドキュメンタリーを作っているわけではないことを理解してくれていると思います。日付を動かしたり、現実の出来事を多少組み替えたりする自由はあります。ただし、その人物の人生における物語の筋には忠実でなければならない。

『ボヘミアン・ラプソディ』では、実際にはフレディ・マーキュリーがAIDSと診断されたのはライヴ・エイドの後でした。でも映画としては、ライヴ・エイドの前に診断されたという形にした方が機能したんです。それについては、多くの批評家から批判も受けました。でも、それならフレディ・マーキュリーのドキュメンタリーがたくさんあるんだから、それを観ればいいのです。
私の仕事は、何よりもまず、観客を楽しませる物語を作ることです。だからこそ、何年も何年もかかるんです。『ボヘミアン・ラプソディ』も、本当にそうでした。完成させ、正しい形にするまでに、おそらく10年ほどかかったと思います。『Michael/マイケル』は2018年からなので、8年になります。ですから、本当に長いプロセスなんです。
プロデューサーであるなら、その作品とともに生き、食べ、呼吸するように、毎日向き合うべきだと思います。私は、正しい形にすること、そしてこうした物語を語ることにのめり込んでいきます。ある意味では、その作品が人生を占めるようになるんです。
そして、最もやってはいけないのは、急いで何かに飛び込むことです。自分たちが本当に正しい物語を語っているのか、それを確かめなければなりません。
──アメリカでは、批評家の受け止め方と観客の反応のギャップが話題になっています。ご覧になったかわかりませんが、Rotten Tomatoesでは批評家スコアはあまり高くないにも関わらず、観客スコアはとても高い。本作でこういう反応が起こったのはなぜだと思われますか?
まず、私は多くの批評家が批評していたのは、私たちの映画ではなく、マイケルの人生だったと思っています。そもそも批評家は、伝記映画にはいつも厳しいものです。
批評家は『ボヘミアン・ラプソディ』も気に入っていませんでした。Rotten Tomatoesでは61%でした(※本記事時点で60%)。だから『Michael/マイケル』よりは高かったけれど、決して良い数字ではありませんでしたよね。彼らは、自分たちをより芸術的な批評家だと考えたがるところがあります。たとえば、ロビー・ウィリアムスが猿になった伝記映画(『BETTER MAN/ベター・マン』)には98%をつける(※本記事時点で89%)。でも、アメリカでは誰もあの映画を観ていないですよ。
つまり、ファンや一般の観客は、もう一度、批評家たちに対して『自分たちはあなたたちの言うことを聞いていない』と示したのだと思います。
『ボヘミアン・ラプソディ』の時の方が、私はもっと腹が立ちました。なぜなら、あれはもっと評価されるべき映画だと思っていたからです。でも、アカデミー賞は4部門受賞したでしょう。興行収入は9億ドルに達したでしょう。
それに、今どれだけの若い人たちが批評を読むでしょうか。彼らには何かを読む時間すらないでしょう。
もちろん、そういう評価は腹立たしいものです。でも結局のところ、私はニューヨーク・タイムズのために映画を作っているわけではありません。世界中の観客が劇場に来て、称え、学び、楽しむために映画を作っているんです。私はこうした作品を「歴史映画」と呼んでいます。そこには歴史があり、同時に現実から離れて楽しむ時間もあるからです。
だから、批評家がそれを気に入らなかったとしても、私がやっていることを止める理由にはなりません。もし観客が劇場に来なかったら、その時は考え直すでしょうけれどね(笑)。























