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『オークストリートの異変』なぜ恐竜を住宅街へ?監督&J・J・エイブラムスが語る80年代映画への愛、続編構想【インタビュー】

──恐竜映画には非常に長い歴史があり、「恐竜映画ならこういうものが見られるだろう」という観客側の期待もすでに存在しています。そこに今回、新たな一本を加えるわけですが、この物語ならではの特徴、ほかの恐竜映画とは違うところは何だと思いますか? 

デヴィッド:先ほども言ったように、この映画の舞台は1980年代初頭です。僕自身が子どもだった時代ですし、舞台も僕が育ったアメリカ中西部です。だから、かなり個人的なつながりがあります。

この物語では、そういう現実に根ざしたところから始めて、大規模なスペクタクルや非常に面白いセットピースを描いていく。ただ、それらを家族の視点を通して体験できるようにしたかったんです。

そして登場人物たちを、本当に観客が感情移入できる人間として描きたかった。彼らは単なる物語上の駒ではありません。何かを体験するためのアバターでもない。観客が本当に彼らのことを大切に思えるような人物にしたかったんです。

つまり根本的には、僕たちは「家族ドラマ」を作っている。その家族が、ある状況をきっかけに、自宅の外にいる恐竜たちにも対処しなければならなくなる、という映画なんです。

──1980年代の郊外住宅地という舞台についてお話しされましたが、そこもとても魅力的でした。なぜ現代ではなく、1980年代を舞台にしたのでしょうか? 現代だと登場人物がスマートフォンなどですぐに恐竜への対処法を調べてしまうから、という理由もあったのでしょうか?

デヴィッド:実際のところ、現代を舞台にしていたとしても、彼らは電力を失うことになりますし、そういった情報にアクセスする手段も失うことになるので、そこはあまり変わらなかったと思います。

僕にとって出発点になったのは、やはり自分自身の個人的な記憶でした。あの時代の子ども時代の思い出を通して脚本を書いた、ということです。それがひとつ。

もうひとつは、この映画が1970年代後半から80年代初頭のスピルバーグ作品をはじめ、当時のさまざまな映画から強く影響を受けていることです。もちろんスピルバーグ作品だけではなく、あの時代のブロックバスター映画の多くに、僕は個人的に強い思い入れがあります。

あのころの映画には、キャラクターを軸に物語を現実に根づかせているものが多かったと思うんです。大きなスペクタクルはある。でも、それを観客が感情移入できるキャラクターを通して体験するからこそ、意味を持つ。だから、この映画ではその二つを組み合わせています。

時代設定そのものだけでなく、カメラワークや構図といった面でも当時の映画を参照しました。現代の映画と比べると、おそらくこの作品はカット割りも少し控えめです。そういうさまざまな方法で、あの時代の映画を意識していました。

エイブラムス:もうひとつ言えるのは、この映画にはある種の「時代を超えた普遍性」があるということです。近所一帯で異変が起きて、先ほど言ったように停電して、あらゆる手段を失ってしまう。舞台は1980年代初頭ですが、不思議なことに、登場人物たちが抱えている問題は現代の人々にもそのまま通じるように感じるんです。

彼らが直面するのは、とても原始的な「生き残る」という問題ですから。物語がどの時代から始まったとしても、結局は同じようなサバイバルを経験することになると思います。

──最後の質問です。もし続編を作ることが可能になったら、興味はありますか?

デヴィッド:ええ。まずは今回の作品がどうなるかを見てみないといけませんけどね!ただ、まだ語れる物語のアイデアはあります。どうなるか、見てみましょう。

『オークストリートの異変』は大ヒット上映中。

Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者、運営代表。執筆・編集から企画制作・取材・出演まで。数多くのハリウッドスターに直接インタビューを行なっています。お問い合わせは nakataniアットriverch.jp まで。

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