【レビュー】『スマッシング・マシーン』は何を示そうとしたのか

映画は最後に、場面を2025年へと移し、“再現”から“現実”へとやってくる。50代後半のマーク・ケアー本人が登場し、スーパーマーケットで買い物して、普段から馴染み深そうなレジ店員と言葉をかわし、自家用車に乗って帰宅していく。カメラが入っていることを意識してしまい、照れくさく笑う素人らしいところも見せる。
素人らしいというか、今の彼は一般人なのだ。2000年代のうちに事実上の引退となっており、その後は自動車ディーラーに勤めた。ラストシーンに登場する、ケアーのくすぐったそうな笑い声が、本編のシャワールームで漏れた笑い声と繋がる。
観客は、伝記物語の主人公には、ふさわしい帰結を期待する。偉業を称えられて銅像が建てられただとか、その記録は今なお破られていないとか、その名を冠した基金が設立され、現在までにどれだけの義援金を集めたかとか、そういう輝かしい後日譚に関心を向ける。その人物がどれだけ世の中に影響を与えたか、人々に称えられたかを知りたいと考える。
でも、別に全ての人生を、そんなふうに定量化しなくても良いのだ。腐らず、死なず、ただ平穏に暮らしているだけでも、素晴らしい偉業なのである。ケアーの場合、慢性的な痛みや薬物依存に苦しみ抜き、家庭の問題で精神的にも健やかではなかった。勝利の快楽に取り憑かれていたケアーだが、その代償はあまりにも大きく、彼の心身を確実に蝕んでいた。もしかしたら、格闘家人生のどこかで命を落としていてもおかしくなかったのかもしれない。

チャンピオンとして、獲得してきたトロフィーの数々を見せるのではない。そうではなく、スーパーでの彼の姿を見ることが、トロフィーなのであると、ベニー・サフディは筆者の取材で話した。彼がその後を“大丈夫”で過ごしており、自分自身の人生と和解している姿を見せたかったのだ、と。だからこそ、スーパーマーケットでの本物のマークが登場する場面のみ、IMAX65mmカメラで撮影したというのだ。IMAXはもともと自然ドキュメンタリーのために設計されたものであり、ここで観客に、穏やかに生きる本物のマークを“発見”して欲しかったのだと、ベニーは話している。
“Pain is Temporary / Pride is Forever(痛みは一瞬、栄光は永遠)”──現役時代のマーク・ケアーの座右の銘である。だが『スマッシング・マシーン』が最後に見つめるのは、そのどちらでもない。本当に永遠に続いていくのは“生活”の方だ。本作における最大のトロフィーは、ベルトでも、歓声でも、過去の戦績でもない。スーパーで買い物をし、顔見知りの店員と何気ない言葉を交わし、照れくさそうに笑いながら家に帰る、現在のマーク・ケアーその人の姿である。
それはあまりにもささやかで、映画的な派手さには欠ける。だが、人生において本当に手に入れがたいものは、案外そういうものなのかもしれない。リングの外、スポットライトの当たらない場所で、笑って暮らしていけること。『スマッシング・マシーン』はそのマッチョなイメージとは裏腹に、生きることの素朴な価値を示した映画だったのである。
映画『スマッシング・マシーン』は公開中。
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