【レビュー】『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』地に足着いた、スパイダーマン映画の精神的集大成 ─ なぜだろう、歴代作品を思い出す
『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』は、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)版『スパイダーマン』シリーズとして、最も地に足着いた作品である。前作『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021)級の驚きと祝祭感を期待する観客にはどう映るかわからない。筆者にとっては、待ち望んでいた原点回帰だ。サム・ライミ版やアメイジング・スパイダーマン』シリーズぶりに、「スパイダーマンの映画を観ている」という充足感にもっとも満ちている。
MCU版『スパイダーマン』シリーズの過去作が浮き足立っていた……と言いたいわけではないが、ジョン・ワッツ監督の手がけた三部作、とりわけ『ファー・フロム・ホーム』(2019)と『ノー・ウェイ・ホーム』(2021)は、巨大ユニバースのクロスオーバーや、シリーズがマルチバース時代に突入する様を、スパイダーマンを通じて実況するようなところがあった。ジョン・ヒューズ監督作のような青春映画のトーンをヒーロー映画に導入したり、映画史に残る奇跡の共演を実現させたりした、これらの過去作は今も高く評価されるべきものだが、しかしスパイダーマン映画としての純度という点では、本作に軍配が上がる。

何しろ、あの『ノー・ウェイ・ホーム』の次回作である。巨大なサプライズによって作品を牽引した後の映画で、製作陣は何を目指したのか。プロデューサーのエイミー・パスカルによれば、その答えは「もっと“小さな”映画を作ること」だった。
これほど勇敢な決断はないだろう。シリーズが巨大化する一方、今回のスパイダーマンは、ただ一本のスパイダーマン映画であることに集中したのだ。本作にも大規模なアクションがあり、MCUキャラクターとのクロスオーバーがあり、将来への布石もある。それでも物語の焦点は、ピーター・パーカーとニューヨークの街からほとんど逸れない。『ノー・ウェイ・ホーム』のようなお祭り騒ぎのサプライズを越えようとするのではない。地に足を着けたままで、スパイダーマンの魅力を存分に引き出そうとする。
そして、その試みは鮮やかに成功した。
これまでのMCU版には意外にも欠けていた、ニューヨークの摩天楼でのスイングアクションに重心が置かれている。ライミ版と『アメスパ』からさらに進化した、あの臨場感たっぷりの疾走と浮遊を劇場で体感できる。

ゲーム『Marvel’s Spider-Man』シリーズからも影響を受けている。アクションデザイナーやスタントチームがゲームをプレイし、気に入った場面のスクリーンショットを脚本会議に持ち込んで直接参考していたという。主演のトム・ホランドも、「フィニッシュムーブの多くは、ゲームから影響を受けています」と語っているほどだ。ちなみに劇中では、ゲーム版へのオマージュらしき演出も登場するので、『Marvel’s Spider-Man』プレイヤーはきっと嬉しくなることだろう。
『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021)でスーパーヒーロー映画に香港映画ルーツのカンフーアクションを持ち込んだデスティン・ダニエル・クレットン監督は、今作ではスパイダーマンの実践的なアクションにノウハウを応用。ジャッキー・チェン率いるスタントチーム監修という力強い協力を得ながら、シリーズ過去作ではあまり見られなかった、近接格闘におけるスパイダーマンの強さと軽やかさを肉体的に描いている。特にヤミノテ軍団との大立ち回りは、『マトリックス』(1999)や『グリーン・デスティニー』(2000)など、2000年頃のアクション映画が持ち合わせていた、ケレン味もありながらスタイリッシュな殺陣の系譜を感じさせる。
スパイダーマンの映画にとってアクションと同じくらい重要なのが、“親愛なる隣人”とニューヨークの人々との交流だろう。『スパイダーマン2』(2004)での電車のシーンや、『アメイジング・スパイダーマン2』(2014)ラストでスパイダーマンが帰還するシーン。拍手喝采を浴び、人々の規範になり、子どもたちの憧れになる。こうした描写はMCU版では比較的控え目だったし、むしろ前作『ノー・ウェイ・ホーム』では、スパイダーマンは街からの侮蔑の対象にすらなった。
しかし『ブランド・ニュー・デイ』で、スパイダーマンはニューヨークの親愛なる隣人として愛されている。街が息づいていて、市民の生活があり、その中にスパイダーマンが実在し、人々は空を見上げる。ある場面では、「街の人々」の存在を逆手に取った演出も光る。
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